この本の存在は偶然知り、取り寄せたのですが、その内容は予想と違っていました。
「戦争の俗語辞典」という書名から、ほとんど辞書に載っていないような言葉ばかりが載っていると思ったのですが、項目のかなりの部分は、よく知られた言葉でした。たとえば、「HAVOC」はソ連製の「MI-28対戦車ヘリコプター」のNATOコードですが、俗語辞典である本書に取り上げられています。こうした項目はいくつもあります。
軍隊で使われる俗語には、意味が分からない言葉がもっと沢山あります。たとえば、「緑色のウジ虫」を意味する「green maggot」は「寝袋」を指す俗語です。これは、その形状からなんとか連想できます。しかし、「リバプール出身者のボクシンググローブ」を意味する「Scouse Boxing Glove」が「ナイフ」のことだとは、日本人にはピンと来ません。こんな感じの俗語や隠語は軍隊にゴロゴロしていて、そうした単語が沢山使われる英文を読む時は難儀させられます。こうした軍隊の俗語に焦点をあてた辞典があれば便利だと思うのは、ごく当然のことです。
だから、本書は最初は期待はずれかと思いました。しかし、そうではありませんでした。この本は、南北戦争以来の米語の歴史を扱っているのです。よって、軍事マニアよりは英語の専門家向けの本です。著者のポール・ディクソン氏が述べているように、俗語の本質を知ってもらうために、本書は重要な言葉だけを選んで掲載しているのです。それが分かってくると、買ってよかったと思うようになりました。
冒頭に紹介されている独立戦争の時の言葉には、思わず当時の苦労を感じてしまいます。「Fire Cake」がなんだか分かる人はいないでしょう。これは小麦を水で溶いて、たき火の周りに立てて並べた石に張りつけて焼いた最低の料理のことです。このケーキは外側は煙臭く、内側は生焼けで、味は最低でしたが、兵士たちは「Fire Cake」と水だけで凌いだ時があったのです。この言葉は、さしずめ「たき火ケーキ」とでも訳するしかなさそうです。
俗語には同じ言葉でも、時代によって意味が変わるものもあります。「chow」は「食べ物」や「食べること」という意味で使われ続けてきた言葉ですが、本書では、南北戦争以前、第1次世界大戦、ベトナム戦争での意味の変化を説明しています。こうした解説は、なかなか読めないものです。
本書はむしろ、アメリカを言葉の面から知るために役に立つかも知れません。歴史家にとっても、軍事用語に疎い翻訳家にも重宝です。(2008.8.20)