イラク戦争に大きな転機が近づいている今、読んでおきたい本があります。アメリカを代表するジャーナリスト、ボブ・ウッドワード氏が書いたブッシュ大統領の本です。
「ブッシュの戦争」は同時多発テロからの100日間、つまりアフガニスタン戦を、「攻撃計画 ブッシュのイラク戦争」はイラク侵攻以降を描いています。この二冊は同じシリーズと言え、一緒に読んでほしいと思います。
ウッドワード氏は、ニクソン大統領を退陣に追い込むきっかけとなった、ウォーターゲート事件に関する本で有名で、映画「大統領の陰謀」のモデルにもなりました。現在はワシントン・ポスト紙の編集局次長です。調査報道に関しては、彼が代表者と言えるでしょう。
こうした本が書かれるには大勢の政府要人へのインタビューが必要で、そのための時間やスケジュール管理、執筆は大変な仕事です。しかし、出来上がった作品は、日々報じられる断片的な情報がまとめてあり、報道されなかった情報を豊富に含み、あとで参照するにも便利です。優れたドキュメンタリー本に目を通しておくことは、世界を見る目を養います。おそらく、ウッドワード氏はブッシュに関する本をもう一冊書くことになることでしょう。それは、イラクからの敗退に関するものになるでしょう。
こうした本を読むといつも思うのは、日本のメディアが調査報道に弱いことです。もちろん、立派な仕事をしている人も中にはいます。しかし、多くは政府や政党、企業の広告記事に近いもので、独自の調査に基づいたものは少数です。「極秘情報を入手!」などと、やたらと派手なタイトルが踊る記事も、よく見れば無意味だったりします。
たとえば、同時多発テロの数日後には、アフガニスタン空爆が始まるという記事が報じられましたが、この段階では攻撃目標の選定すらまだ終わっておらず、あまりにも拙速な記事でした。また、イラク侵攻直前だったと思いますが、ある週刊誌が戦争がはじまるとお好み焼きが食べられなくなるという記事を報じました。お好み焼きに使うソースの原料のナツメヤシは大半をイラクから輸入しており、開戦後は輸入できなくなるというのです。ところが、記事には半年分程度は国内に在庫があるとも書いてありました。私はイラク侵攻は1ヶ月程度で終わると信じていましたから、無意味な記事だとすぐに判断できました。
ミサイル防衛に関しても、政府の国民保護計画や石破茂元防衛庁長官が言う、ミサイル攻撃時の避難方法がまるでおかしいことをマスコミはまったく報じません。それどころか、野党も一切追求しようとしません。
こうした政治分野の状況が改善されなければ日本の民主主義は進歩しません。対策を考えるには正確な状況認識が必要です。マスコミはそのための材料を提供する立場に立つべきです。現状は、政府の深い部分の情報を得られるのは政治家や高級官僚と仲がよいジャーナリストだけで、彼らは情報を手に入れながらも、政府を傷つけるようなことは書こうとしません。また、日本のマスコミは国民の「憎悪」をかき立てることに熱心で、「理性」を育てることに不熱心な傾向もあります。
また、ウッドワード氏がブッシュの父親が行ったパナマ侵攻と湾岸戦争を描いた「司令官たち 湾岸戦争突入にいたる"決断"のプロセス」も合わせて読むと、息子と父親のどこが違っていたのかが分かるでしょう。(2006.10.26)