イラク派遣先遣隊長を務めた佐藤正久氏(当時一等陸佐)の体験をまとめた本です。これを読む限りでは、派遣隊が想像していたとおりの活動をしていたことが分かります。
自衛隊はイラク人独特の交渉に悩まされながらも、自衛隊は駐屯地を作り、活動の基盤を作るだろうと、私は考えていました。自衛隊にはそうした人材が育っているはずだという信頼感を持っていたからです。この頃、元陸自隊員だった人から、土地の借り上げでイラク人が高額をふっかけたことで怒りをぶつけられたことがありました。私は最初は高い金額を言ってくるもので、いずれ妥当な額に落ち着くと答え、事実その通りになりました。本書に書かれていることは、こうした期待感を具体的に裏づけてくれました。資料としても活用できる内容です。
しかし、本書が自衛隊の海外派遣を後押しする危険性がある点を指摘せざるを得ません。イラク派遣を推進した総理大臣小泉純一郎に海外支援への関心がまったくないのは元外務官僚の天木直人氏の著書により明らかです。その小泉総理が急に「国際貢献」とか「イラク人を助けろ」とか叫びだし、一部の日本人たちが感化されて賛同したのがイラク派遣の実態でした。本音は「アメリカとの結束を強化する」ところにあったのに、それを後ろに隠して建前を押し通したのがイラク派遣です。これが現在の日本が国家戦略と称するものなのです。
日本は一度作られた前例を後世に引き継いでいきます。満州開拓も初期の段階で計画見直しを示唆する状況ができていたにも関わらず、天皇の裁可が降りていることを理由に計画は継続され、その結果として日本は敗戦を見ることになりました。自衛隊の海外派遣も「アメリカの要求」を根拠に繰り返され、いずれ大失敗することになりかねないのです。利害関係をよく考えると、アメリカの要求に応じたところで大きな見返りはなく、当面の日米関係の現状維持が期待できるだけです。産油国であるアラブ諸国の心証を害することは、それよりも遙かに大きな損失となる可能性があります。太平洋戦争でも、中国との貿易額よりも遙かに多かった英米との貿易額を捨ててまで前例に固執しています。なぜ日本の指導層がこうもバランスを欠いた発想をするのかは理解に苦しむところです。
Amazon.comに寄せられた読者の感想を見ると、自衛隊のイラク派遣は成功し、上手く行っていないと報じたマスコミが間違っていたという意見が散見されます。これは自叙伝などを読んだ時に読者が著者にシンパシーを感じる傾向を示しているだけで、実際にイラク派遣が成功したと認めることはできません。本書には日本の復興支援の3倍以上の資金を投じたアメリカがイラク人から嫌われていると書かれていることに注意すべきです。アメリカは日本が行ったよりも遙かに多い支援をイラクに対して行っています。国防総省のウェブサイトを見れば、医療部隊がイラク人を丁寧に治療する姿を見ることができます。こうした読者に欠けているのは、他の軍隊の活動と自衛隊の活動を比較することです。それなしに、イラク派遣隊の正確な評価は出せないのです。
私はいまでも自衛隊をイラクに派遣すべきではなかったと考えています。佐藤氏は「民間企業が行くには危険すぎるから自衛隊が行く」と言いますが、クウェートに支援本部を置き、イラク人を雇用して復興作業を行う方法もあり、この方が遙かに円滑に支援活動を行えます。自衛隊を出したのはあくまでもアメリカを納得させるためであり、イラク人のためではありません。まして、一番肝心なテロリズムの沈静化には目立った役目を果たしていないのです。
すべては、こうした任務を命じた小泉氏と日本政府に責任があるのです。(2008.8.19)