マクナマラ回顧録 ベトナムの悲劇と教訓

果てしなき論争 ベトナム戦争の悲劇を繰り返さないために

 北朝鮮の核実験が迫っているかも知れない今、是非ともお勧めしたい二冊があります。ケネディ政権で国防長官を務めたロバート・S・マクナマラ氏の「マクナマラ回顧録」と「果てしなき論争」です。「マクナマラ回顧録」はマクナマラの記憶に基づいた自叙伝ですが、「果てしなき論争」は「マクナマラ回顧録」で書いたことを実証するために、1995年から戦争当時のベトナム首脳と行った対談の記録です。それは、「マクナマラ回顧録」に書いたベトナム戦争が起きた原因の仮説を実際に確かめるためでした。

 「マクナマラ回顧録」はケネディ政権で起こったキューバ危機などの出来事や、ベトナム戦争について書いています。マクナマラ氏はベトナム戦争のほとんどの時期において国防長官を務め、戦争の終結を待たずに辞任しました。戦争を停止すべきだという進言がジョンソン大統領に受け容れられなかったためでした。

 当時、マクナマラは現在のラムズフェルド国防長官のように、国民から嫌われていました。彼が戦争を主導していると信じられたからです。マクナマラ自身、国民にろくでなしだと思われていたことを認識していました。映画「博士の異常な愛情/または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか」のストレンジラブ博士の役名は、恐らくはマクナマラのミドルネーム「ストレンジ」からの引用です。彼は戦争好きと米国民から見られていたのです。

 しかし、ベトナム戦争はケネディ政権が企画したわけでもなく、その前のアイゼンハワー政権の頃にすでに出来上がっていた国是を継承したようなものでした。キューバ危機も同様です。国防総省やCIAの内部において、その為のシナリオが出来上がっていて、政治家の権限をもってもそれを簡単に拒否することはできなかったのです。これは、昭和天皇が改選を拒否できなかったことによく似ています。

 ケネディ政権はキューバ危機は何とか乗り切りました。しかし、ベトナム戦争は無理でした。その誤りは私たちにも大きな教訓を残しました。

 第一に、ベトナム戦争は最初は戦争ではありませんでした。それなのに実際に戦争になったのです。自衛隊のイラク派遣の際も「戦争をしに行くわけではない」という文句が使われました。イラク派遣の場合、たまたま何のトラブルも起きなかったから自衛隊は無事だったのです。ベトナム戦争ではトンキン湾事件という、信じがたい事件が起こり、アメリカは開戦しないと格好がつかない事態に追い込まれ、事実、開戦を決断しました。その事件は、ソナー要員が味方のスクリュー音を敵の攻撃を誤認するという初歩的なミスでした。戦争とはそういうものなのです。

 第二に、理性や理論は絶対ではないということです。キューバ危機の際、カストロ議長はアメリカがキューバを滅ぼそうとするのなら、核ミサイルを発射すべきだとソ連に進言しました。もし、キューバの核ミサイルがソ連製でなく、キューバ製だったら、間違いなくカストロ議長は核ミサイルを打ち上げて、ワシントンを灰にしたでしょう。ベトナム戦争においても、ベトナム人はアメリカを侵略者としてしか見ておらず、アメリカの奴隷になるくらいなら死んだ方がましと考えていました。このことは、「果てしなき論争」の中で、マクナマラが対談の中で思い知らされたと書いています。

 第三に、敵の意図を想像することには潜在的に誤りを導くということです。「果てしなき論争」の中で、マクナマラはアメリカとベトナムが達成しようとした政治的目標の認識がお互いに間違っていたこと。もし、お互いに相手の政治的目標を正確に理解していれば戦争をする必要はなかったことをマクナマラは対談で突き止めました。我々は、脅威の中身を勝手に想像しがちですが、それは誤っていると考えるべきなのです。

 いま、テレビで盛んに政治家が憲法改正を叫んでいます。私は改正後、政治家たちがトンキン湾事件と同じようなミスをして、日本を戦争に追い込む危険性の方が心配です。憲法改正を叫ぶ政治家たちは、単なる法律論や倫理論を口にするだけで、優れた戦争指導力を持っているとは信じられません。そんな人たちがいくら憲法改正を叫んだところで賛成する気にはなれません。過去の戦争について読むべきものを読み、一通りの知識をもった人ならともかくも、何も知らない連中がごく単純な議論を繰り返すのを見ると馬鹿みたいにしか見えません。単に、良家のおぼっちゃまが、なんら考えもなく、綺麗事をいっているとしか思えないのです。ろくに戦争の研究もせず、臆面もなく戦略論もどきを語る連中の顔が子供っぽく見えて仕方がありません。マクナマラのような賢明な人物が、いとも簡単に判断を誤り、世界を巻き込む戦争を承認したのです。それが戦争の恐ろしさです。戦争が得意な者などいないということを、我々は肝に銘じるべきなのです。そのために、この本を読むことをお勧めします。難解な本ですが、これくらい理解できない政治家に戦争を語って欲しくありません。

 マクナマラはこの二つの本を書いた後で、「フォッグ・オブ・ウォー」というドキュメンタリー映画に出演しました。二冊で述べたことを、自ら映像で語っています。 (2006.10.6)

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