タイトルに「原発」が含まれていますが、この本の中身の大半は「基地」に関係することで、戦後、なぜ日本にこうも米軍基地が多く造られたのかについて説明しています。
この本が面白いのは、著者の矢部宏治氏が歴史、軍事、法律の専門家ではなく、まったくの素人の視点で問題を読み解いているところです。専門家ではないからこそ、しがらみのない視点で語るからこそ、正直な主張が書けるのです。私自身、専門家と称する人たちが、実は関係者の代弁者に過ぎないことを知ることが少なくありません。特に、政治がらみの問題では、これが顕著なのです。私自身、何度もはらわたが煮えくりかえる思いをしたものです。
根拠として紹介されている、第2次世界大戦から戦後にかけて出された声明、締結された条約、密約の多くは、すでに知っているものでしたが、著者はこれを極めて客観的に読み解き、そこから米軍基地の問題を説明します。すでに知っている情報でも、著者が大胆に切り込んでいくのは爽快な思いで読みました。改めて、新鮮な気持ちで、この問題を考えたくなりました。
さらに、著者は集団的自衛権と自民党の憲法改正案についても持論を展開しています。
一部を除いて、私はこの本の主張の多くに賛成です。戦後の日本が自発的にアメリカに隷従したという主張は、私自身が歴史を探究したときに出した結論でもあります。
この本を読むと、現在の政権の長、安倍晋三総理大臣が主張する「戦後レジュームからの脱却」は、彼が提唱する政策とは真逆だということが、よく分かります。
戦後レジュームとは、東京裁判によって押しつけられた、大日本帝国による解放戦争「大東亜戦争」を否定する史観から抜け出るということです。
アメリカが日本に軍隊を置き続けるのは、日本を再び軍国にしないようにするためです。つまり、占領を終えたアメリカが引き揚げると、誰も日本を監視することはできなくなり、やがて日本は再武装して、強大な軍事国家になるという心配がありました。だから、日本を武装解除し、そのままの状態を続けた方が安心との考えがアメリカにあったのです。
だから、大東亜戦争を肯定する安倍総理の主張は、アメリカの懸念を増すことにしかなりません。その一方で、安倍総理はアメリカの指示に積極的に従うことも推進しています。普天間海兵隊基地の辺野古への移転を地元の反対を無視して推進したり、アメリカの要請で集団的自衛権を容認したのが、その一例です。端から見ると、安倍総理の政策は、実に統一性のない政策であり、実現する見込みがないものなのです。
最後に、著者の事実誤認について指摘しておきます。231ページからの「なぜ日本上空で低空飛行訓練をしているのか」「原発を標的にした低空飛行訓練」には誤りがあると考えます。
低空飛行訓練は兵員を輸送するために、敵の放火を避け、山の中でも安全に移動するための訓練です。この訓練は日本を仮想敵国として、有事の際にそこを通るための準備だと著者は主張します。しかし、この種の訓練は定期的に行わないとパイロットの技量を確保できないので、場所を変えて行う必要があります。米軍が日本を仮想敵国としているという主張は間違ってはいません。軍隊にとって、自軍以外はすべて仮想敵なのです。ただ、そのために有事に備えていると言うのは言い過ぎと思います。米軍にとっては韓国も仮想敵です。日米安保条約は、アメリカが日本に米軍基地を置く代わりに、お礼として日本を防衛するという条約です。日本防衛のために低空飛行訓練をするのは自然なことなのです。もちろん、そうすることで日本の地形に熟知し、万一、日本がアメリカの敵になった場合に活用できるとみることも可能です。
1988年に伊方原発敷地内で米軍機が墜落した件を、原発を爆撃するための訓練だったという説明はまったくの誤りです。墜落した機体はCH53Dですが、このヘリコプターで原発を爆撃する可能性はまったくありません。なぜなら、この機種には正確に爆弾を投下する装置がついていないからです。もしやるのなら、後部ハッチを開放し、乗員が大型の爆弾を手で押して落とすことになり、不正確極まりない爆撃しかできません。
また、原発はかなり頑丈な構造物であり、少々の爆撃では破壊できません。1981年にイスラエルがイラクの稼働前の原子炉を爆撃した時は、F-16戦闘機8機が重量908kgのMk-84爆弾を16個投下し、14発を命中させ、原子炉を破壊しました。Mk-84爆弾1個に装填されている火薬の重量は429kgです。これくらいの量を使わないと、原子炉を破壊できるとは期待できないのです。
事故当時、伊方原発は視界20mの濃霧に包まれていたとされます。事故機は低高度を飛行中に誤って原子炉敷地内に入り、山に激突したとみるべきです。(2015.1.19)