戦争における「人殺し」の心理学
 この本は、J-RCOMでも紹介したことがあり、戦闘における兵士(主に歩兵)が抱える戦闘ストレスを解説しています。著者のデーヴ・グロスマン氏は陸軍中佐で、数多い戦闘経験者からの聞き取り調査を積み重ね、他の研究者の研究と合わせて、まとめあげたものです。通常、軍のための調査はお手盛りの内容になりがちです。しかし、この本は軍人の立場を離れ、社会学的な立場から問題を解き明かしています。

 歩兵が戦場で敵を殺したがらないのは、同族殺しの重圧に耐えられないためだとグロスマン中佐は論じます。生来兵士に適した人間はほとんどおらず、人間は同じ外観を持つ相手を殺すのをためらい、そうでない場合、異人種を殺すようなには比較的罪悪感を感じないのです。この傾向は、兵士が置かれる環境や教育された内容によって異なります。そこで、軍隊がどのようにして、その抵抗感を取り去ろうとしてきたかについても解説します。

 さらに、彼は殺人をテーマとしたテレビゲームの問題点も取りあげています。一般には、テレビゲームが暴力を助長することはないと考えられていますが、グロスマン中佐は大いに関係があると見ています。軍隊では、訓練を実戦に近づけ、成果をあげた時は報償を与え、失敗した時は罰を与えることで、戦場で躊躇なく殺人を行えるように兵士を訓練します。リアルな殺人ゲームはこうした条件反射化と同じ効果を果たし、人を暴力行為に走らせる可能性があるというのです。

 世の中には、兵士は誰もがジェームズ・ボンドのように敵を冷静に殺せると信じている人がいます。実際には、軍人の中にも敵を殺したことがある者は僅かで、その数は敵との距離が近くなるほど減っていき、ナイフで刺し殺す距離を体験した者は本当に少数になります。一般的に、陸上部隊の中で、戦闘部隊は全体の3割で、残りの7割は後方支援部隊といいます。7割の軍人は実際に敵の顔すら見ません。砲兵隊の隊員が気にするのは、正しい砲弾に正しい信管を取りつけ、正しい射角と方位で、正しい量の装薬を使って発射したかということで、砲弾が命中した結果、敵がどうなったかは意識しません。こういう立場にある兵士が罪悪感を感じることはほとんどありません。まして、銃後にいる一般市民がなにかを感じることは希です。

 このことは、戦争を考える上でも関係があります。たとえば、靖国問題をテーマとしたテレビ番組で、コメンテーターが変に攻撃的になるのはなぜなのか。それは、人々が常識の枠に縛られて、意識せずに軍人たちと同じ心理を共有しているからに他なりません。我々自身の中にいる戦争の種を知るためにも、この本を読んでおくのは重要です。 (2006.8.26)

Copyright 2006 Akishige TanCopyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.aka all rights reserved.