戦火と死の島に生きる—太平洋戦サイパン島全滅の記録
 子供に戦争の本を読ませたいが、どんな本がよいかと悩んでいる方にお勧めしたいのが、この本です。しかし、残念なことに、すでに絶版の模様で、古書としてしか手に入らないようです。私が小学生の頃に読んで強いショックを受けた一冊です。古書でもよいから、ぜひともお子さんと共に読んでください。

 著者の菅野静子氏は、両親と共にサイパン島に入植し、苦労しながら島を開拓していきます。しかし、太平洋戦争がはじまり、戦況悪化に伴って米軍が上陸すると、平和だった島は一変します。菅野一家が住むガラパンは空襲で壊滅し、戦車隊にいる兄も海岸で戦死します。一瞬にして、彼女は家族を失い、天涯孤独となってしまったのでした。そこで、彼女が考えたのが看護婦として野戦病院で働くことでした。それは、兄と同じ兵隊を助けたいという一心からでした。衛生部隊長の大尉は、彼女に「家族のもとへ帰れ」と命じますが、身寄りがないと聞くと、彼女を特志看護婦に任じました。次々と体に鉄片が食い込んだり、手足を吹き飛ばされた重傷者たちが運び込まれてきます。患者たちの体にはすぐに蛆が湧き、手当の甲斐もなく死んでいきます。戦況は悪化し、野戦病院は後退を命じられます。隊長は歩けない者に「帝国軍人として立派な最期」を求めて、自決を命じました。死の順序はやがて生き残った者にもやってきました。玉砕命令です。隊長は拳銃で頭を撃ち抜き、副官は喉を切り裂いて自決。菅野氏ももらった手榴弾で死のうとします。しかし、奇跡的に彼女は重傷を負いながらも生き残り、米軍の病院に収容されます。そこで起こる様々な出来事、そして帰国に至るまでを、この本は克明に描いていきます。

 著名な歴史家・ジョン・トーランド氏の「大日本帝国の興亡 第3巻 死の島々」にも、菅野氏のエピソードが引用されています。小学生の私にとって、ここまで生と死を実感させてくれた本は他にはなく、何度も繰り返し読みました。そして、戦争の矛盾を最初に感じた本でもありました。太平洋戦争の中でサイパン島の戦いがどのように位置づけられているかは後年知ることになるのですが、知ってなお、この本の価値を実感することになりました。最近、特攻をテーマにした戦争映画が増えていますが、グアムやサイパンなど南太平洋で起こった悲劇が取りあげられないのはアンフェアです。すでに死んでしまった特攻兵には感情移入しやすく、感動もしやすいでしょう。反面、血なまぐさい話を引きずる生存者の語りは聞きにくいのです。これは、弾が飛び交う場所にいたことがない者の矛盾だといえます。 (2006.8.25)

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