シュワーツコフ回想録
 湾岸戦争時、中央軍司令だったH・ノーマン・シュワーツコフ大将の回顧録です。「山動く」の著者パゴニス中将と違い、シュワーツコフの父親はウェストポイント士官学校出の軍人で、後に州の依頼でニュージャージー州の州警察を組織し、リンドバーグの子息が誘拐されて殺害された事件の捜査も行いました。シュワーツコフもウェストポイント士官学校を出ていますから、彼は生粋の軍人だといえます。中には、こういう経歴の人にはまともな指揮が執れず、部隊を全滅させるような人もいますが、シュワーツコフは違っていました。

 私が最初に彼を見たのは、湾岸戦争に関するニュース番組でした。記者会見での彼の様子を見て、イラク軍に勝ち目はないと思ったものです。大胆さと慎重さの両方を持ったシュワーツコフに比べて、サダム・フセインとその周りにいるイラク軍将校の顔はどう見ても眼力に差がありすぎました。さらに、ニューズウィーク誌に載ったイラスト地図を見ている内に、イラク軍の戦略がそもそも誤っていることに気がつきました。イラク軍の前線の右翼はがら空きで、そこから米軍が進撃すれば背後に回り込めると気がついたからです。すぐにこの話を、ネットに書き込んだところ(当時はパソコン通信の時代でしたが)、誰も信じてくれなかったものです。しかし、どうやってもイラク軍には勝ち目はなく、1週間以内に戦闘はほとんど終わるという分析は、情報を集めるに従って確信に変わっていきました。空挺作戦や上陸作戦は行われないことも明らかでした。戦闘が始まる頃には、終戦後はどうなるのかを考えていたのに、外務省がテレビを沢山並べて海外のニュースをチェックし、「戦況を知らせる情報がない」と嘆いているのを見て呆れていました。日本はアメリカ大統領に言われて慌てて自衛隊を派遣する準備を始め、戦後は国際社会から感謝されなかったという劣等感に呵まれるという醜態まで演じました。そんなことよりも、なぜ戦況を分析して、成り行きを予測し、適切な政策を決定しないのでしょうか。同じことは2003年でのイラク侵攻でも繰り返されました。ある元政治家は、「アメリカの味方をしなければ、どんな報復をされるか分からない」と意味不明の発言までしてみせて国民を騙しました。これらのことから、日本の指導者や同じ考え方をする人たちを軽蔑しています。

 こうした考えに至った作戦を指揮した軍人として、私はシュワーツコフ大将を知ることになりました。本書の半分くらいは彼の人生について書かれています。ベトナム戦争やグレナダ侵攻の記述はかなりの分量になります。

 この本で記憶に残った記述のひとつは、戦果判定に関する話でした。たとえば、ある軍事拠点を空爆したとすると、爆撃したパイロットの報告や撮影された写真、偵察による報告、傍受した敵の無線などから戦果を判定し、撃破とか、再爆撃の要ありと判断するのです。要するに、パイロットの報告は誇張されがちなので、客観的な分析によって判定をするわけです。しかし、この判定は多くの努力を注ぎ込んでいるにも関わらず不正確で、すでにバグダッドが停電していることが確認されているのに、発電所を再爆撃すべきだと勧告したりするというのです。軍の作戦は、自軍と敵の戦力を適正に評価して作戦を立案し、戦果も正確に評価しながら進めることになるのですが、それが難しいことが窺い知れる記述となっています。

 この本全体から見えるのは、シュワーツコフ大将の軍人らしい、物事を的確に見切り、大胆に決断する正確です。目的を達成するために必要と理解すれば、問題を放置せず、直ちに行動を起こすタイプです。ベトナム戦争では意見が食い違った上官と喧嘩し、湾岸戦争ではコリン・パウエルと電話越しに喧嘩しています。そんな話もすらりと書いて嫌みがないのは、この人の人徳なのだろうと思います。

 この本には、当時国防長官だったディック・チェイニーも登場しますが、当時の彼は今よりはずっとまともでした。なぜ大きく変わったのか、私にとっては謎です。それから、海外から評価されなかったと嘆く人は、382ページを読むように勧めておきます。米国防省は、国家的な危機がない限り20万ドル以上の支出は国家の承認が必要と決めています。しかし、作戦の規模から考えると何かを契約したり、リースすれば20万ドルを超えるのは当たり前でした。この時、リヤドの日本大使館が何千万ドルも資金を送ってくれたので、日々の支払いに事欠かずに済んだ、とシュワーツコフ大将は日本の強力を絶賛し、むしろ日本を批判した西側の新聞を批判しています。莫大な戦費を払っているのに、「何の評価もされなかった」などと思い込む日本人こそ常識に外れているのです。この「日本版湾岸戦争シンドローム」こそ、日本人が克服するべき問題と言えます。(2007.1.18)

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