山動く 湾岸戦争に学ぶ経営戦略
 この本のサブタイトルはどうしても好きになれません。この本は湾岸戦争の補給線に関する本であって、経営戦略に関する本ではないからです。原著のサブタイトルは「Lessons in Leadership and Logistics from the Gulf War」で、経営戦略などとは一言も書いていません。確かに後半部分にはビジネスへの応用について言及していますが、それはリーダーシップに関してであって、経営戦略とは別物です。もし、リーダーシップと経営戦略は同じだと考えている人がいたら、考えを改めるべきです。しかし、こう書くだけで、ビジネスマンが読むようになり、売り上げが伸びると期待できます。そのためか、「危機管理」という言葉を世間一般に定着させた佐々淳行氏が監修を担当し、親しみさを追加しています。

 しかし、この本は著者のW・G・パゴニス中将の回顧録であり、湾岸戦争の補給線に関する本です。よって、軍事的な視点から読むべきであり、お手軽なビジネス本として読まないでほしいと思います。世の中には、安直なビジネス本が横行しており、「孫子の兵法で勝つビジネス戦略」みたいな本が溢れています。なによりも、こうした本を相手にしないことを出発点とすべきです。第一、日本のビジネスマンにはパゴニス中将の真似はできないでしょう。後半に、彼が実践したリーダーシップについてかなりのページが割かれていますが、どれも日本のビジネスマンの姿からはかけ離れている上、ほとんどが真似できないものです。彼は、書類で指示を回すと処理が遅れ勝ちになるので、3インチ×5インチのカードを回覧させます。そうすると受け取った相手は即座に行動を開始して、より早く回答が返ってくるのです。自分が書く時は常に緑色のインクを使い、誰が書いたかが一目で分かるようにしていました。「己を知れ」「自分をさらけ出せ」「任務を知れ」「部下を育てよ」「道具を考案せよ」「自分を再教育せよ」「自分に合ったシステムを作れ」。こうしたリーダーシップを実践するため、彼は部下と共に昼休みにバスケットボールをして親交を深め、家に呼んで妻の料理でもてなし、部隊報を使って自分の意向を伝え、1日に最高1時間半の「PSM」と名づけた面会時間を設けて部下の話を聞きます。上から下へ管理する方法が一般的な日本では実行はほとんど無理でしょう。

 パゴニス中将の父親はアメリカに密航したギリシャ人でした。小学生の時、パゴニスはお小遣いを増やしたくて新聞の街頭売りのアルバイトを行い、レストラン客に新聞を売るようになりました。その他にも色々なアルバイトをやった経験が、その後の人生に生かされたようです。大学では酷い成績だったと言います。教科書を読むのが苦手でしたが、講義を聴くのは好きだったので、それに気が付いて成績を立て直します。そして、大学の予備役将校訓練隊(ROTC)が大好きになり、それがきっかけで陸軍に入隊します。最初の仕事は郵便担当士官でがっかりしたものの、その後、転出した中尉の仕事が彼に与えられ、そこから軍人としてのキャリアを積んでいったのです。3インチ×5インチのカードは、ある中佐に面会するため彼のオフィスの外で4時間も待たされた時に、カードに用件を書いて「中佐に渡してくれ」と曹長に渡したのが最初だそうです。曹長は中佐が怒ると心配しましたが、その日の午後には中佐から返事を書き込んだカードが届いたため、以後、電子メールの時代になってもこのシステムを併用しているといいます。

 こうした話も面白いのですが、軍事的な情報としては、後方支援活動関する様々な数字をピックアップして頭に入れておくと、軍事知識の向上に役立ちます。たとえば、弾薬や水・食料の必要量やトラックの台数に換算した場合の数字など、頭に入れておくと役立つ数字が沢山並んでいます。後方支援にいかに費用がかかるかを実感としてつかむには、本書を読むのが手っ取り早いでしょう。そして、後方支援には民間企業が食い込む余地が多いことにも気がつくでしょう。外征型の戦争をすれば、その周囲で民間企業が潤うのです。日本は朝鮮戦争やベトナム戦争に間接的に関わっただけで、大きな利益を得ることができました。民間企業が戦争にどうか変わるかも、この本には若干の記述があります。

 日本の自衛戦争に限定すれば、補給線はそう長くはならず、島国であることから海路や空路での輸送がポイントになることが分かります。しかし、民間の輸送力が必要になること。日本全体が戦場になることから、戦場だけでなく、補給の策源地も同時に攻撃を受けることといった問題もあります。湾岸戦争時、イラクはアメリカを直接攻撃することはできませんでしたから、この本に書かれていることはそのまま日本には生かせません。参考になるのは、装備が似ている米軍がどのような物資をどの程度利用し、どうやってそれらを運んだのかということです。その中には日本に応用できることがあるかも知れません。(2007.1.18)

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