日本政府の事後処理の問題点

2006.7.14

 国連での北朝鮮への経済制裁決議はうまく行きそうにありません。ここで日本人に浮上してくるのが、中国とソ連は共産主義国で、北朝鮮の仲間だからという意見です。同じ穴のムジナがつるんでいると考えるのは無理もありませんが、実際には共産主義国は互いに闘争を繰り返してきた史実があります。実は、アメリカがベトナム戦争への介入に至った過程に、共産圏は一枚岩だという考え方が大いに影響しています。

 崩壊前のソ連と中国の関係は難しいものがありました。共産主義国とはいえ、本当に共産主義を実行しようとしたのはソ連くらいで、他の国々は植民地支配からの脱却のために共産主義の衣をまとったというのが本当でした。そうした国々では、伝統的な社会の常識が共産主義に優先していました。そもそも、「資本論」を読めるのはインテリ層だけで、社会の圧倒的多数を占める大衆層にその理論を教えることなど不可能でした。しかし、植民地支配を受けている国々は共産主義の中の「搾取」という言葉を、植民地支配をしている国々による「搾取」に置き換えれば、どんな人でも共産主義社会を実現すれば植民地支配が終わると考えます。こういう訳なので、アメリカが心配した「ドミノ式に共産主義国が増えていく」という現象は遂に起こらず、共産主義はその勢力を弱めていくのです。ここは「共産主義」というキーワードは横に置くのが賢明です。

 中ロはそれぞれの理由で制裁決議に反対しています。中国は米国との緩衝地帯としての北朝鮮を長持ちさせるため、ロシアはこの地域でのアメリカの影響力が強くなりすぎない程度に問題を調整したいのだと推測できます。特に、朝鮮戦争で中国兵の戦死数が最も多く、他の軍隊と大差をつけていることを忘れるべきではありません。そうした犠牲を払って残した緩衝地帯を今回のような事件で弱体化させたくないという意志が働いていると思います。最初からこの辺の意識を計算して国連で動くべきだったのに、日本人が感じている脅威をそのまま形にすれば話が通るといった議論の持ち込み方を選んだのは失策でした。国連でのアピールはそこそこにして、自国の経済制裁を発動するという手もありますが、現段階では中途半端な制裁が決まっただけです。

 日本政府が第一に取りかかるべきだったのは、地方自治体への連絡が遅れたことを反省し、確実な態勢を作り上げることです。それをせずに、MD推進や、国連での非難決議といった「政治ショー」に走り、国民を守るための基本的な制度の確立を無視したため、政治と国民が乖離してしまったのです。安倍官房長は北朝鮮や韓国の反発に直情的に反論して外交下手を露見させ、額賀防衛庁長官は防衛庁や業界の利益を代弁するような発言を繰り返しました。本気で国民を守るというよりは、これを機会に普段通らないことを通そうという態度が見えすぎたのは残念でした。今回の事件は、1962年のキューバ危機とはまるで別のものです。アメリカはキューバ侵攻を決意し、国民はミサイルによる空襲を避ける術を本気で考えました。今回の事件でそんな危機感は国民にも政治家にも感じられません。本物の戦争の緊迫感とは言えないほど負荷の低い緊張感しか見られなかったのです。折しも、12日から松江市で全国知事会が開催されたのに、ミサイル問題が話題になったとは聞こえてきません。知事たちも、本気で北朝鮮からミサイルが飛んでくるとは思っていません。

 今日14日になって、政府筋からリーク情報らしい、ミサイルの着弾位置に関する書類の中身が報じられました。私が見たニュース番組では、4発目以降のミサイルが進入禁止区域に緊密に着弾したことを示す書類が紹介されました。しかし、数秒間だけ画面に映った書類を見る限りでは、1〜2発目とテポドン2の着弾位置は見えませんでした。こんな姑息な手段ではなく、公式に観測結果を公表すればよいのです。そうすれば各都道府県もそれを参考にして対応策を検討できます。政府だけが真相を知って、MDの旗だけを振っている光景はあまりにも奇妙です。

 アメリカはチャンスと見て韓国にもMDの売り込みを始めました。韓国政府が容認できない脅威と見てMD導入を決めるか、太陽政策の障害になると判断するかは予測しがたいことです。

 なお、ミサイルが緊密に着弾していたことは、ある程度の命中精度を予測させますが、この数字に関する正しい判断の仕方とはいえません。「狙点」と「命中点」の距離が命中精度ですから、狙点が分からない場合は推定でしかないのです。また、どれくらいの範囲に着弾したのか、具体的な数字も必要です。globalsecurity.orgの推定値では、ノドン1と1AのCEP(半数命中半径)は推定190m、ノドンBは推定1.3kmで、この値は資料によってまちまちです。たとえば、ノドン1、1AのCEPを2〜3kmとする資料もあり、globalsecurity.orgのデータと大きく異なります。なお、190mというデータはCEPとしては良好すぎて疑問もあります。いま、ノドンやスカッドの性能が向上したという話が報道されていますが、それを正確に裏付ける情報は何一つ出ていません。こういう曖昧な情報は「なんとなく不安」という感情をもたらし、曖昧な戦略的判断につながります。

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