ヒズボラがイスラエル兵を誘拐したことで始まったこの戦争には、戦略的な視点が感じられません。暴力団の下っ端の小競り合いが組同士の構想に発展したような感じです。しかし、ヒズボラの兵士が指導者の命令なしにイスラエル兵を拉致するとは考えられず、ヒズボラがイランの命令なしに、こんなことをするとは考えにくいのです。そうだと仮定すると、問題はイランがヒズボラをこのように動かして何をしたいのかですが、今のところいくつかの仮説が立てられるだけです。すでに述べたように、最も考えやすいのは、イスラエルを戦闘に巻き込んで、イスラエルに不満を持つイスラム教徒を増やすことです。そうなれば、中東全域に反イスラエルの嵐を引き起こせるかも知れません。イランの狙いが当たったのか、遂にアルカイダがヒズボラ支援を叫び始めました。しかし、このことはイランがまだ核開発に成功していない以上、彼らの念願であるイスラエルの消滅まではつながりそうにありません。とりあえず、中程度の混乱を中東に起こそうというのが狙いなのかも知れません。
military.comに掲載された記事により、イスラエルの狙いが少し分かってきました。これまで、アミール・ペレツ国防大臣がすでに緩衝地帯の設置について言及していましたが、イスラエル兵が緩衝地帯をパトロールするのか、砲爆撃でヒズボラ兵を追い払うだけなのかなど、緩衝地帯の内容は分かっていませんでした。エフード・オルメルト首相は南レバノンに約2km幅(1.2マイル)の緩衝地帯を設けたいと発言し、イスラエル軍の高官は、攻撃は数週間続くだろうと述べています。一連のイスラエルの行動をみると、レバノン=イスラエル国境に緩衝地帯を作りたいという意志が見て取れます。しかし、レバノン国境から10kmくらいは国連軍の活動地域でもあります。国連はこのイスラエルの意向に同意しないでしょう(
BBCの左下の地図の射線部分が国連軍活動地域)。イスラエルはヒズボラの武装解除を停戦条件にしています。これはヒズボラがのむはずがない要求です。従って、戦闘は継続されることになります。考えてみれば、ライス米国務長官が中東を訪問したのも、成立するはずもない交渉をやってみせて、イスラエルのために時間を稼いだともいえます。米国内向けには、政府が何かやっていることを示せる利点もあります。さらに、オルメルト首相は国連軍の駐留を認める発言をしました。首相は適当なタイミングで妥協案を出して、周囲の反応を見ているのだと思います。イスラエル兵が緩衝地帯にいるよりも、国連軍に交代した方が世界の理解は得られやすいでしょう。いずれにせよ、ヒズボラは停戦条件を承諾しませんし、ヒズボラの司令官も戦闘は数週間続くと言っています。この「数週間」という期日は、数週間経てば戦闘が終わるという意味ではなく、現在行われている戦闘の結果が出るのが数週間後で、その先のことは結果に依存するという意味です。
長引きそうな戦闘については、ほとんど情報がありません。ビントジュベルが激戦だという情報がほとんどすべてで、攻撃に参加しているイスラエル軍の規模すら明確ではなく、戦闘の状況が推測できません。しかし、military.comに多少の記述があります。イスラエル軍が3つの尾根を超えてビントジュバイルに攻め込もうとしたところ、ヒズボラの待ち伏せ攻撃にあい、侵入が阻止されたのです。報道によって異なりますが、この戦闘で13〜14名のイスラエル兵が死亡しました。ビントジュバイルは人口3万人程度の町で、住民のほとんどは退避しているとみられています。22日に町へ向けての進撃がはじまったので、まだ数日間しか攻撃は行われていません。町の大きさから言って、特に作戦が遅れているとはいえません。すでに、ビントジュバイルから外部に通じる3つの道路は封鎖されているはずです。イスラエルも無理矢理町へ進撃するような攻撃は行わないでしょう。町を徹底的に砲爆撃すれば戦果はあがりますが、それではヒズボラがイスラエル兵を誘拐したことに対する措置という大義名分が失われ、場合によっては拉致されている兵士の生命を危険にさらします。いま、イスラエル軍は包囲しながら攻撃を繰り返し、町の内部を探る段階だと想像します。状況が見えてきたら、崩せるところから崩していくのでしょう。
南レバノンの詳細な地図をみると、ビントジュバイルがヒズボラの拠点として最適であることが分かります。国境線から適度な距離があり、交通の便もよいのです。イスラエルがここを攻撃する理由も明白です。進撃ルートとしては、海岸ルートよりは内陸ルートの方が有利で、ビントジュバイルはその中心地となっています。ここが陥落することは、さらに北へ進撃する足がかりになるのです。
紛争を考える場合、必ず地図を見る習慣をつけてください。地図は様々なことを教えてくれます。某国会議員のように、地図も見ないで結論を出すのは最悪です。