謎が残る吉進丸の拿捕

2006.8.17

 軍事問題とはいえないかもしれませんが、北海道で日本の漁船がロシアの警備艇に銃撃を受けて1名が死亡する事件があったので、取りあげます。

 今回の事件の詳細はまだ不透明な部分を含んでいます。拿捕された船がいた場所、銃撃に至るまでの詳細なプロセスなどは、事件を評価する上で重要な要素です。

 外務省は日本領海内で銃撃されたと主張していますが、これは北方領土が日本の領土と考えた場合の主張です。ロシア側からすれば自国領海内での密漁と主張します。しかし、毎日新聞によると、近くを航行していたロシアの水産物運搬船乗組員が根室市の水産関係者に、「ロシア警備艇が中間ラインを越えて日本側海域に回り込み、待ち伏せして銃撃した」と連絡をしてきたということです。これが本当なら、本当にロシア警備隊による日本領海内での違法逮捕ということになります。連絡をしたロシア人船員は、レーダーと目視で二つの船を確認していました。

 また、記事を読む限り銃撃に至るまでのプロセスには不審な点があります。いくつかの記事を参考に、状況をまとめてみました。

  1. 午前5時45分、ロシア警備艇が水晶島方向に航行する吉進丸を発見
  2. 吉進丸が国旗を掲げず、無灯火であることを確認
  3. ロシア警備艇が無線で吉進丸に呼び掛けたが応答なし
  4. ロシア警備隊員が高速ゴムボートに乗って接近
  5. 高速ゴムボートから緑色の警告ロケットを6発発射
  6. ロシア警備艇が英語による停船命令を繰り返す
  7. 吉進丸が高速ゴムボートに体当たりする危険な操船を行った
  8. 高速ゴムボートから船の前後とマスト方向に自動小銃AK-47で警告射撃を行う

 発見時、吉進丸は航行中でした。ロシア警備艇の呼びかけに応じなかったのであれば、追跡が継続されるはずなのに、ロシア警備艇は高速ゴムボートを下ろして接近したといいます。吉進丸が停船していないのに、ゴムボートを下ろせたのでしょうか? ロシア側の公報や日本での報道に誤りがあり、停船している吉進丸にゴムボートが近づいたのではないかという推測は可能です。拿捕された坂下登船長は携帯電話で「ゴムボートからいきなり銃撃された」と家族に連絡しています。残念ながら、根室管内八漁協が所有する漁場管理レーダーには、吉進丸の航跡は映っていませんでした。ロシアの主張通りなら、北海道の海面漁業調整規則違反に当たるとは言いながら、吉進丸の位置はロシアしか把握していないのです。吉進丸が最初から拿捕位置にいたのなら、操業中に潮に流されて中間ラインを超えた可能性を考えたくなります。ロシア側の報告に従えば追跡はあったことになりますが、それ以外の情報は待ち伏せを示唆しているのです。もちろん、ロシアの主張が正しい可能性も捨てるべきではありません。

 しかし、ロシア側が発表した吉進丸の発見位置は貝殻島の南方(北緯43度24分3秒、東経145度50分27秒)であり、貝殻島の西の拿捕位置とはかなり離れています。明らかに追跡が行われた形跡があります。時事通信によると、ロシア警備艇は200トン級の「スチョレー型」とよばれるタイプです。この船が航行中にゴムボートをおろせる構造なのかが気になります。

 明確に言えるのは、ロシアの停船の手法が明らかに無茶だということです。警備艇からは無線だけで、警告ロケットや曳光弾を吉進丸前方に撃つこともなかったようです。高速で航行するゴムボートから自動小銃を撃てば、狙いが不正確になるのは当然で、対象船が航行していれば、前方に撃っても着弾するのは遥か後方になり、警告射撃が効力射撃になってしまう危険があります。「流れ弾」に当たったと書いたメディアもありますが、流れ弾は本来狙った目標を逸れた弾を指すのですから、むしろ「誤射」と書くべきです。また、おそらくは自動小銃の銃弾は曳光弾ではないため、対象船の乗組員には銃撃されていることが分かりません。警備艇の機関砲を使った方が安全に警告を実施できます。海上保安庁の警告手順に比べると、ロシアのやり方はかなり大ざっぱです。

 反面、ロシア側の事件後の対応は比較的緩やかに感じられます。船長に家族に電話することを許し、ロシアの権益を主張しながらも、死亡した人に対しては遺憾の意を表明しました。日本政府がこれを北方領土問題と関連付けようとすれば、水掛け論に突入して事態をこじらせるだけです。綿密に事実関係を調査した上で、吉進丸の船員が死亡した原因を解明し、乗組員の早期帰国を働きかけるのが先決です。

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