よく見れば不確かすぎるテロ事件報道

2006.8.23

 テロに関する報道はいつも不確かで評価において悩まされるものです。

 昨日、朝鮮日報が報じた、チョン・ギョンハク容疑者(労働党35号室所属)逮捕の記事にも疑問点が見られます。 チョン容疑者は「戦時における精密攻撃のための座標確認」を目的に、蔚山(ウルサン)の原子力発電所、天安(チョアン)のソンゴ山空軍レーダー基地、ソウル竜山の米第8軍部隊、ソウル国防部庁舎などを撮影していたといいます。彼は供述で同容疑者は「有事の際に南の原発を破壊すれば、原子爆弾を投下するのと同じくらいの混乱を引き起こすことができるとして、原発の写真を撮影して来るよう人民武力部に指示された」と述べています。

 座標を確認するのが目的というからには、砲爆撃のための準備ということになり、特殊部隊などによる急襲のための情報収集ではないことになります。わざわざ写真を撮って正確な位置を割り出さなくても、韓国で地図を買えば原発の正確な位置は分かります。それでも、地図が偽装されていた場合に備えて、直接目視する必要があると考えるのが軍隊の性なのでしょう。旧ソ連では、地図を偽装することは普通に行われていました。

 しかし、どんな手段で攻撃するつもりなのかが見えてきません。ソウルはともかく、天安や蔚山は国境から距離がありすぎて、榴弾砲は届きません。ICBMは命中精度が悪くてピンポイント攻撃には向かず、核爆弾を搭載しない限り、効果を期待できません。となると、チョン容疑者の目的は、有事の際、軍事境界線近くに配備されているという10,000門以上の火砲でソウルを攻撃するためのものと考えた方がよさそうです。記事の見出しが「有事の際は韓国の原発を破壊し混乱させる」 なので、恐怖感を呼び起こさせますが、その可能性はまず考えられません。原発の一番外側のコンクリート壁は一番厚いところで1.4m程度あると聞きます。少なくともこの壁を破壊し、さらに内部の隔壁を破壊して放射線を外部に流出させるには、一度命中させた場所に再び命中させるくらいの精度がないと無理なのです。

 イギリスの航空機テロ未遂事件も、未だにほとんど情報が出きません。しかし、テロが目前に迫っていたことを疑わない人はいないでしょう。しかし、GlobalSecurityは懐疑的な意見も掲載しています。各容疑者について、報道された事実関係を個別に確実度を4段階で評価しています。捜査当局は計画が実行される日を特定できておらず、実際に決行できる段階まで進んでいたのかも分かっていません。GlobalSecurityは実行計画は「予行演習」だった可能性があるとも指摘しています。家宅捜索で押収されたものは、過酸化水素、殉教ビデオ、コンピュータ400台、携帯電話200台、CDなどの記憶装置8,000個だったといいます。コンピュータと携帯電話の数は多すぎて、販売目的で所持していたように思われます。テロ計画に使われたとしても数台だけでしょう。テロ計画に使われていたのは数台だけだと想像できます。すると、テロ計画に直接関係があるのは過酸化水素くらいになります。濃度が3%の過酸化水素水は消毒液に使われますが、濃度が高いものは燃料にもなり、爆弾の原料にもなります。しかし、混合すべき化学物質が見つかったという情報はありません。そこど、過酸化水素でどんな爆弾が作れるのかを調べたところ、疑問点が多々出てきました。

 過酸化水素を使う爆弾はTATP (triacetone triperoxide)とHMTD (hexamethylene triperoxide diamine)の2種類があります。TATP爆弾を作る場合、過酸化水素とアセトンを混合したものに硫酸を加える方法があります。TATP爆弾は、2001年に航空機内でチャード・リードが靴に仕込んだ爆弾に点火しようとした事件で使われましたが、これは固形化したHMTDを起爆用として用い、C4爆弾を爆発させようとしたようです。過酸化水素、アセトン、硫酸を混合して製造されるのですが、摂氏10度以下で数時間もかき混ぜ続ける必要があり、かつ少量、非密閉の環境では爆発的に燃えるだけです。別々にペットボトルに入れて機内に持ち込み、着火するのは不可能です。HMTDは、過酸化水素、硫酸、クエン酸を混ぜて作られますが、やはり冷やした状態で数時間混ぜ続ける必要があります。これまでの報道では機内で混ぜ合わせ、そこに腕時計を改造した装置でスパークを飛ばして爆発させるといわれていましたが、この手順では爆発しないのです。完成した爆薬を固形化することはできるので、液体爆弾ではなく、固体爆弾を作ろうとしていた可能性はあります。HMTDは合成後、数週間で劣化するので、決行の直前に製造する必要があります。

 当初から、この事件には疑問点がありましたが、今回の調査で一層それが深まりました。これから、この事件の裁判が行われるので、その内容に注目する必要があると考えます。

 なお、北朝鮮はテロ組織ではなく国家であり、航空機爆破事件の容疑者たちとは行動の性質が異なるため、具自学の分野では分けて考えられるのが普通です。今回は軍事報道の問題を取りあげたいため、まとめて書いたことをご了承ください。

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