安倍晋三氏の言葉に戦略論はあるか?

2006.9.12

 昨夜、9・11でビルが倒壊するまでの人々の動きを追ったドラマが放送されました。力の入った再現ドラマが製作され、当時の模様をよく伝えていました。しかし、私たちがやらなければならないのは、9・11の恐怖に浸り、その日に留まるのではなく、その後の変化を客観的に捉えながら、適切な戦略を選び続けることです。

 産経新聞によれば、昨日、安倍晋三官房長官は午前の記者会見で、米上院情報特別委員会が、フセイン政権と国際テロ組織アルカイダが無関係だという報告書を発表したことに対して「イラクは国連決議を無視し、大量破壊兵器がないことを、しっかり証明しなかった。(大量破壊兵器を)所有しているという考えを持つに合理的理由もあった」「日米同盟の関係も考慮したうえで(米国のイラク攻撃を)支持した日本の判断は間違っていなかったと思う」と述べました。この答弁は、以前に指摘した安倍氏の軍事的見識のなさを物語っています。

 軍事的考察の前に、安倍氏に合理的な思考ができていないのは、消極的な証拠だけで判断を下してしまっていることで明らかです。フセイン政権は査察を妨害しましたが、一時は査察団を受け容れています。イラクの協力が不十分だというのは、早く開戦したい米英の意向に添ったもので、それは当時でも分かったはずです。アメリカ人査察官の中には「イラクには大量破壊兵器はない」と主張している人もいました。本気で証拠が大事だと考えるなら、査察の継続を主張するのが合理的というものです。その本音が続く「日米同盟の関係も考慮」というくだりに表れています。要するに、証拠などはどうでもよく、アメリカとの関係上、イラク侵攻に賛成したと言っているのに等しいわけです。

 軍事的に考えると、この結果、イラクがテロリストや武装勢力の巣窟となったことに対する反省がないことを問題にせざるを得ません。また、日本人がテロに巻き込まれる可能性が拡大した点についても意識が及んでいないようです。記者会見では「各国との連携や情報収集機能を強化し、テロの未然防止に万全を期していきたい」とも言っていますが、テロが防ぎがたいものであること理解しているのか疑問です。

 さらに、日米安保保障条約(最近では、日米同盟という気味の悪い言葉が取って代わりましたが)の意義について、安倍氏が至上的に捉えていることも分かります。安倍氏は常々、アメリカには日本を守る義務があるが、日本にはアメリカを守る義務がない点に引け目を感じるといった発言をしています。しかし、日米安保条約はアジアの安定化のために設けられたものです。日本を軍事大国にさせないために、米軍を駐留させ、何かあった時には米軍が行動を起こすという発想の元に作られています。日本には自虐的な発想から「アメリカが日本を見捨てる日」といった論を主張する人が多いのですが、アジア有事にアメリカが何もしなければ、この政治目標を達成させられません。アメリカに見捨てられることよりは、アメリカがやりすぎることを心配すべきです。軍事的な思考が必要なところへ、日常的な常識を持ち込むのは、最も初歩的な誤りです。

 こういう人が、これから日本の総理大臣を務めるのです。安倍氏が引け目を解消するために何をするのかはもう見えています。自衛隊をアメリカが望むところへ出すことです。日本は日米安保条約を基盤にして、アジア諸国とさらなる安定と成長を追求する政策を採るべきなのに、意味のない自衛隊派遣に精を出して、無駄な出費と人材の浪費を選ぼうとしています。情勢の変化に注意しながら適切な戦略を選ぶことなど顧みず、安倍氏は自らの保守的で、自虐的、観念的な戦略論もどきに固執し続けることになるのです。

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