タイでクーデターが発生しました。この動乱に決定的な影響力を持つのは、プミポン国王を置いてありません。プミポン国王が軍を支持したら、タクシン首相は命運が尽きたといってよいでしょう。今年4月の下院総選挙を憲法裁判所に指示してやり直させたのはプミポン国王で、軍はそれを支持するために行動を起こしたのですから、国王はクーデターを支持すると推測できます。クーデターが成功したら、軍は直ちに矛を収めるでしょう。国王の賛同が得られるだけで、国内向けの説明は十分なのです。
それほどまでに、プミポン国王の権威は絶大です。北朝鮮のように強権を使うわけではなく、国王がサキソフォンを吹いてみせるなど親しみやすい王室で、国民から強い尊敬を受けています。1992年5月、軍を味方につけた首相と民主化グループが対立し、死傷者が出た事件では、プミポン国王が双方の代表を呼びつけ、自ら諭したという事例があります。私が大きな内乱に発展すると心配していたところ、床に座って合掌する二人の代表を国王が諭す映像がテレビで報じられました。そのあと、ふたりはタイのテレビに出演し、「これからは力を合わせてタイのために尽くす」と誓いました。私は自分が唖然としたのを今でも覚えています。
後年、タイの留学生に会う機会があった時に、この話をしました。留学生は「国民が国王をすごく尊敬しています。国王に逆らう者はタイで生きていけません」と、当たり前のことですよというように、笑いながら答えてくれました。彼が見せてくれたプミポン国王の写真は、斜めから撮られたものでした。正面から撮るのは失礼にあたるので、そういう写真はないのだそうです。私は「日本では考えられないことです」と降参するしかありませんでした。以後、私はタイ王室に敬意を払うようになりました。
歴史的にも、アジアで列強の植民地にならなかったのは、日本とタイだけです。周囲の国が次々とやられていく中、タイだけは独立を守りとおしました。一時、日本の支配下に置かれたものの、表向きは従いながらも、再び独立する準備を進めていました。幸い、現在でも日本の皇室とタイ王室は良好な関係にあります。こうした歴史的経緯がタイ国民の王室に対する絶大な敬意を生みました。今回のクーデターもこうした視点で見ていれば理解できるはずです。