陸海軍が精神医療の不足を証言

2007.1.22



 1月の米軍の死者数が少ないと書いたばかりですが、military.comによれば、ヘリコプターの墜落で13人が死亡し、武装勢力の攻撃で5名が死亡するなどして、少なくとも20人以上が戦死したということです。今後、治安がよくなるなどという楽観的予想は止めて、この状態が続くと考えるべきです。

 アメリカでは時期大統領選がスタートし、先行した民主党から候補者が名乗りを上げ始めました。順序から言えば、初の女性大統領としてヒラリー・クリントン氏が有力と考えられますが、ヒラリー氏はエドワーズ元上院議と共にイラク侵攻時に賛成しなかったことが問題視されそうです。唯一、侵攻時に反対を表明していたオバマ上院議員は、民主党員の支持を集める可能性があります。初の白人女性大統領を通り越して、初のアフリカ系大統領が誕生するかも知れません。オバマ議員は人種の垣根を越えたアメリカを建設すると主張しており、実際、彼の弁舌の旨さには魅了されます。ブッシュ大統領の下手な演説でうんざりしている人とって、オバマ議員は救世主のように見えるかもしれません。

 一方、military.comによれば、議会では下院議長のナンシー・ペロシ議長が、ブッシュ大統領は議会が予算を断ち切ることができなくなるようにするためにイラクに急いで増派しようとしていると考えていると発言し、ホワイトハウスからは不快感が表明されています。ペロシ議長は、戦争がアメリカ人の永遠の義務であるべきではない、とも発言しています。このように議会は大統領府に対する反発を強めています。大統領と議会の権限という憲法問題にも発展しそうです。

 さて、先日、海兵隊の精神医療が困窮しているというレポートを書きましたが、military.comによれば、また同じ問題が指摘されました。

 問題点を指摘したのは、ケビン・カイリー陸軍軍医総監とドナルド・アーサー海軍軍医総監で、下院防衛予算小委員会という場においてです。カイリー軍医総監は、帰還兵の17%がPTSDか不安と憂鬱に悩まされており、一般的な発症率の6〜7%よりも遙かに高いといいます。また、帰還兵の一部は、自分にそうした症状があることを認めることに不安を感じていると言います。

 アーサー軍医総監は、症状と派遣期間の関係は任務の負荷に依存すると主張しました。ファルージャで戸別の捜索を行うのなら3ヶ月が限度で、クウェートやジブチにいるのなら恐らく1年間でも大丈夫というわけです。アーサー軍医総監は、負荷に合わせて派遣期間を調整していると証言していますが、私が知っている限りでは、現状では任務の負荷にかかわらず部隊ごとに1年前後の任務が課されています。3ヶ月で帰ってきた少しは人もいるでしょうが、長期間、危険な地域に配置された人もいるはずです。

 この証言は精神医療向けの予算が不足しており、その予算請求のために行われたのでしょう。そういう請求をせざるを得ない状況に米軍は置かれており、恐らくこの請求を議会は認めるでしょう。恐らく、先日の記事も、議会証言を踏まえて、地ならしのつもりで事前に情報を小出しにしたものではないかと考えます。

 政治が混乱している間にも、軍人の医療問題は進行していきます。こうした問題では、アメリカの議会は過去からよい成績は収めていないと思います。特に、精神病は仮病と疑われやすく、戦闘ストレスに対しては任務放棄のための口実と思われやすいところがありました。日本の一般の医療界でも、延髄を損傷して髄液が漏れたために脳を支える髄液が不足して苦痛を生む、物理的に説明できる障害ですら、少し前までは仮病とみなされていました。最近、原因が判明して、ようやく医師たちが認識するようになったといいます。この障害は交通事故やスポーツなどで強い衝撃を受けた場合に起こることから、戦場でも多く起きているはずです。これとPTSDが同時に起こると、原因が精神的なものか、肉体的な者かを判別するのは難しくなるでしょう。

 こういう問題は、常に倫理的な判断を示すことが求められる議員たちには解決が難しくなります。特にアメリカの議員は「愛国者」として振る舞うことを求められるため、仮病のように見えるPTSDを取りあげることは避けたいと考えます。1980年代にPTSDが認められた後も、そうした状況は続いています。しかし、今回は戦争を継続するブッシュ政権が生む問題を側面から穴埋めするという動機を米議員たちは強く持つでしょう。戦争が終わらない以上、精神病で苦しむ帰還兵を無視することは「愛国者」(ここでもこの言葉が出てきます)として正しい判断とは考えられないからです。すでに、傷痍軍人の問題がメディアで取りあげられていることもあり、あえて反対する議員はいないでしょう。

 この判断は結果として正しいものと言えますが、こうした単純な判断基準こそ、大統領の暴走を許す原因ではないかと思います。米議会にはもっと複雑な行動基準が必要と常々感じています。

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