military.comによれば、ブッシュ大統領は「私は政策決定者なのだ(I'm the decision-maker.)」と述べ、イラク増派への決意を表明しました。
なるほど、ブッシュ大統領は対テロ政策に関してこれまで数々の“誤った”政策を決定してきました。そういう意味で政策決定者だと思います。また、「私は最も成功する見込みがある計画を選びました」とも述べました。この場合、かなりの確率で成功する可能性がある計画ではなく、ほとんど成功する見込みがない計画の中から最も見込みのある計画を選んだという意味です。国家レベルでの軍事的決断は失敗が許されないものであるべきです。戦術レベルでのミスはともかく、戦略レベルでは必勝という程度に確実でなければ、その軍事政策は実施すべきではありません。
映画俳優であり監督でもあるクリント・イーストウッドは、イラク侵攻から2ヶ月後に、この軍事政策が「重大や誤りだ」と発言しました。軍事専門家ではない彼でも、イラク侵攻が成功しないことを見抜いていたのです。ブッシュ大統領は死ぬまで失敗を認めないでしょう。今回の発言も、何ら軍事的センスを感じさせるものではありません。政治家は古今の国家の成功と失敗に精通しているべきで、その中に自分が範とすべき教訓を見いだしているべきです。しかし、本や新聞を読まないことを自慢するような大統領に、そのような素養は期待すべくもありません。今年の夏には増派の結果が出ます。それまでに、ブッシュ政権への批判はさらに強まることになります。これはイラクから早く足を抜くためには重要ですが、イランや北朝鮮にとっては好材料になる点で、日本の安全保障にとっては不利益です。与党政府がアメリカを支持する理由はまったくありません。
同紙の別の記事によると、ブッシュ大統領はイラン人をイラク国内で拘束した場合、本人を特定する情報を採取したら釈放していました。私は他の武装勢力と同じように拘束しているのだと考えていました。これが、これまでイラン人がイラク国内に武器や人員を送り込めた理由です。先日、5人のイラク人を拘束したため、米政府は拘束する方針へ転じたことを公表しました。米政府の方針は、ベトナム戦争よりも悪いものであったことが明らかになりました。ベトナム戦争で、北ベトナム軍はホーチミン・ルート(またはホーチミン・トレイル)という補給路を持っていました。アメリカはこの補給路をつぶしたかったのですが、成功しませんでした。イラクでのイラン・ルートは米政府が認めて存続したものです。そのため、多くの米兵士が死傷し、イラク人も死傷するのを許しました。この判断が下された時点では、イランを刺激するのは好ましくないと考えられたのでしょうが、それは誤った政治判断でした。ブッシュ政権の足下が危なくなったので、ようやくこのルートを閉じようというわけですが、果たしてうまく行くのかは疑問です。すでに確立したルートをつぶすのは半年では難しそうです。シーア派のイラン・ルートをつぶしても、スンニ派のシリア・ルートも残されています。これは対イランの問題ではなく、シーア派とスンニ派の勢力バランスの問題でもあるのです。
ここだけ見ても、アメリカのイラク政策は軍事的判断に基づいておらず、成功の予兆すら感じさせません。ブッシュ大統領は今後何も決断せず、椅子でも磨いていてもらいたいと思うのみです。