空幕長の論文懸賞応募で懲戒処分

2008.11.5



 田母神俊雄前空幕長が更迭される原因となった懸賞論文について、防衛大臣をはじめとした高官に懲戒を含む処分が下されました。また。航空幕僚監部が各部隊などに懸賞論文の応募を紹介していたことも報じられています。

 防衛省のウェブサイトに処分の詳細が掲載されています(こちら)。しかし、空幕監部が懸賞論文への応募を推奨した件で処分が下されるかどうかは、今のところ不明です。50件以上あったという応募作の中に、政府見解と食い違うものが多ければ、さらに処分が広がるかも知れません。

 この懸賞論文が自由主義史観に基づいたものである点は事前に分かるはずであり、知った上で隊内に紹介したのならば大問題です。これが田母神氏の推薦によって行われた可能性も十分にあります。これは自衛隊内部に自由主義史観が広く定着していることを疑わせ、とても不気味に感じます。自衛官はこうした政治的な議論から離れているべきです。確かに、自衛隊には法律の不整備により、仕事上で不満を感じる部分が多いのは理解できます。しかし、それを歴史的環境のせいにしてはいけません。そのような腹立ち紛れの行動は、よい結果を生まないものです。

 田母神俊雄元航空幕僚長が書いた小論については、ここで子細に論じるつもりはないと、前の記事に書きました。しかし、簡単に問題点について書いておこうと思います。

 田母神小論は、東京新聞に載った「日本の戦争責任資料センター」事務局長の上杉聡さんの「こんなの論文じゃない」という意見に集約できる内容です。

 田母神小論は、内容以前に論文の形式を守っていない点に問題があります。たとえば、普通、論文では脚注などに出典をすべて明記するものですが、母神小論には脚注はなく、本文内に示されている出典も書かれていたりなかったりで、統一されていません。

 内容について言えば、田母神氏の主観的な観察に基づいている点が問題です。冒頭で「我が国は戦前中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。」と書いてあっても、「多くの人が知らない」という根拠を示さないと、それを主張したことになりませんし、それを知っている読者を頭から無視していることになります。

 内容については細かく触れませんが、陰謀説の列挙は、三流週刊誌の記事を連想させるだけです。

 これが週刊誌の記事なら世間も認めるでしょうが、指導者である空幕長が、このような論文を書いたことは、空自の知性を疑わざるを得ない大問題です。

 それにしても、これが最優秀作品であったとするなら、他の応募作はどんな内容だったのかが気にかかります。最も優秀な作品が田母神小論だったとするならば、自由主義史観はそういうレベルのものでしかなかったということになります。

 先に書いたように、military.comの掲示板に田母神小論のことを投稿し、そのトピックのタイトルに小論のタイトルを用いました。これは、多少、内容を刺激的にするために意図的にやったことでしたが、数名の方々からコメントをもらえました。彼らのプロフィールを見る限り、いずれも米軍の退役兵ですが、彼らにはまったく受け入れられないことらしく、この論文だけでなく、投稿した私に対してまでも強い反発を感じたようでした。私に、プロフィールのページに記入して、どんな人物か明らかにしてくれという要望も出ましたが、プロフィールが上手く更新できなかったので、発言の中に書き込みました。田母神氏は、こういう米軍兵士の反応まで考えた上で意見を発表したのでしょうか。これで米軍と友軍の関係を維持していけると本気で考えていたのでしょうか?

 自由主義史観は、実のところ、軍事の議論とはかけ離れたところにあります。田母神小論は、日本が中国の共産党軍や国民党軍によって戦争に引きずり込まれた犠牲者だと主張します。では、2003年にイラクに攻め込み、ゲリラ戦に引きずり込まれて、未だに撤退することができない米軍は犠牲者だと言えるでしょうか。イラクに侵攻すればゲリラ戦になることは、侵攻以前から軍事専門家によって指摘されたことですし、私もそう予測しました。それが分からずに侵攻したのは、米政府と米軍に直接的な責任があります。「テロリストが悪い」というのは、泣き言に過ぎません。テロリズムの歴史を研究すれば、どのような場合にテロリズムが拡大するのかは分かることだからです。少なくとも、敗戦の言い訳を研究するよりは、よほど有益です。それをしない指揮官には、自衛隊を指揮できないと、私は考えます。

 それにしても、2008年は自衛隊に関して事件が続発します。まだ、何かあるのかと心配になります。


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