ロシアが軍事作戦停止を宣言しました。少し遅いという印象はありますが、軍事行動として妥当な線です。
南オセチア自治州、アブハジア自治共和国に対するグルジア共和国の武力行使を防ぐというのが侵攻の理由ですから、それ以上の武力行使は合理性を欠きます。相手がそれほど強くないのですから、もう少し早くに停戦しても構わなかったとは思うものの、現地の状況が分からないので何とも言えません。南オセチアとアブハジアの外部へ侵攻したのは、そこに退却したグルジア軍が集合していたためかも知れません。それらを粉砕して、はじめて戦術的な優位が得られたのかも知れません。「EU諸国などがロシアの侵攻を批判したから停戦が実現した」という国内メディアの報道は誤りです。すべて、ロシア政府の政治的目的とロシア軍の現地での判断が戦争を動かしたのです。
いずれにしても、これを機会にグルジア全土を支配できるとは、ロシアも考えていません。そこまでやると、国際社会から批判を浴びることくらいロシアも承知です。しかし、これで南オセチアとアブハジアがグルジアの侵略に曝されているという既成事実を作り、より多くの平和維持軍を駐留させ、今後の機会に乗じて、グルジア全土を支配する足がかりを残すことに成功しました。いまは、EUが提示した和平案に賛同し、侵略の意図がないことを印象づける策を展開中です。
停戦交渉も目を離せません。フランスのサルコジ大統領は、この紛争をどう収めるかで、大統領としての評価がほとんど決まってしまうでしょう。ブッシュ大統領に期待できないことは明らかですから、よけいにサルコジへの期待が集まります。サルコジには「民族浄化の危機を言うのなら、その具体的な証拠を出すべきである」とロシアを追求する手もあります。
もっとも、ロシア軍の損害については議論があるようです。私はロシア軍が発表した死者18人、負傷者52人という数字は作戦規模と比較して、少なすぎると感じていました。グルジア軍兵士はロシア軍の損害はもっと大きいはずだと主張していますが、確認はされていません。ロシア空軍の損害について、Aviation Weekがもっと多いとするグルジア側の見解を伝えています。ロシアは、Su-25が3機、Tu-22Mが1機撃墜されたことを認めていますが、グルジアは10機だと主張しています。あるアナリストは、グルジア軍は地対空ミサイルBuk-M1(NATOコードではSA-11 )、Tor-1Mを使用しているだろうと主張しており、ウクライナがグルジアに売却したSA-5も持っているようです。いずれもロシア製の兵器です。日本赤十字社が12日に発行したニュースレターでは、国際赤十字委員会が捕虜になった2人のロシア軍パイロットに面会したことを伝えており、これは第三者が確認した確実な戦果だといえます。戦果は時期を経ると、次第に性格で詳細な情報が出てくるものです。もう少しの間、気をつけて情報を観ていく必要があります。
ブッシュ政権は、新しい武力紛争を防げなかったという批判に曝され、穏やかな退任は望めそうにありません。中東和平も上手く行かず、イラクとの安保協定も中途半端、テロの拡大を止められず、その上グルジア紛争を迎えて、ブッシュは退任するのです。
今回の戦争をよく見ておくべきです。ロシアは民族浄化から人びとを守ると言って侵攻しましたが、守るはずの人びとも多く傷ついています。日本赤十字のニュースレターによると、グルジア及び南オセチアでは重大な人道的危機が発生しています。救急車は負傷者の元へ辿り着くのが困難であり、避難民が多数出ており、赤十字国際委員会は南オセチアに入る手段を得られていません。同委員会の対応は、報道からは分からない一般市民の被害を知る上で重要です。医薬品及び医療資機材15トンを現地へ輸送中。20,000人分の安全な飲料水を提供できる浄水・貯水のための資機材も輸送されます。支援が必要な人、約50,000人を対象とした約8億1,000万円規模の暫定緊急アピールを発表しました。
祖国を守るための戦争も野望のための戦争も、同様に被害を出すものであり、戦争を区別すべきではないという議論は百年も前に行われています。こうした基本的なことが日本では認識されておらず、今でも防衛戦争を手放しで承認する意見を耳にすることがあります。また、アメリカでも911テロ以降、祖国を守るためなら何でもするという風潮が認められました。このように戦争を色づけするのではなく、どの戦争も同じように客観的に観察する方が、戦争はよりよく見えるものです。平和に目がくらみすぎても、戦争は見えなくなるものなのです。