グルジア紛争:プレスツアー記事に疑問あり

2008.8.14



 14日、毎日新聞がロシア軍が実施した南オセチア自治州プレスツアーに参加し、その様子を報じています。しかし、その内容は現地に行ったにも関わらず、感想のレベルで終わっています。

 まず、このプレスツアーがロシア軍が催したことを考えるべきです。特に親露的な地域だけを見学させた可能性もあります。記者は「ロシア軍の歓迎ムード」という言葉を用いています。これまでに見たニュース映像では、そんな雰囲気はありませんでしたから、私には違和感があります。もちろん、南オセチア人(人種としてはオセット人)はロシアの後押しで独立しようとしている人たちもいます。しかし、現在気になるのは、これがロシアが自国の国益のために行った侵略ではないかということです。それに対する意識が記事からは感じられません。

 「戦車の砲撃で破壊されたロシア軍平和維持部隊の駐屯地」という記述からは、この攻撃がいつ行われたのかという疑問が浮かばなくてはなりません。戦争のプロセスは未だ不透明で、いずれもが相手が先に攻撃してきたと主張しています。ロシア軍が何もしていないのに、グルジア軍が攻撃したのなら、グルジアの行動に問題がありますが、ロシア軍が先に攻撃し、グルジアが反撃して駐屯地を破壊したのなら話は変わります。「ロケット弾の猛攻を受けた住宅密集地」を見たのなら、ロシア軍とグルジア軍のどちらが攻撃したものかを第一に考えなければなりません。しかし、こうした疑問に対する答えは書かれていません。

 次のような情報があります。

ロシア当局によると、今回の軍事衝突で、南オセチア住民約1600人の死者が出たという。この日までにすでに遺体が回収されたといい、街頭では目にすることはなかった。

 民族浄化が目的なら、死者が1,600人で済むのだろうかと考えなければなりません。できれば住民の遺体も確認したいところです。私が記者の立場なら、遺体も見たいと担当将校に申し出ます。犠牲者が処刑スタイルで殺されているのか、戦闘の結果死亡したのか、見極めができるならやっておくべきだと考えるからです。遺体が埋葬されれば調査は困難になります。処刑スタイルの遺体が多いのなら、確かに民族浄化が行われようとしたと考えることができます。戦闘で死亡した人が多い場合、どちらの軍の攻撃で死んだのかを判断するのは、武器に違いがほとんどないために困難です。また、ロシア軍が1,600人分の遺体を早々に回収したのは、こうした確認ができないようにするためかも知れないと疑ってみる必要もあります。ロシア軍は「伝染病の流行を防ぐため」としか説明しないでしょう。それを真に受けるのでは、真相をみつけることはできません。

 その一方で、戦争犯罪に関する具体的な証拠は見出せなかったと記者は書いています。1,600人も虐殺されたのなら、何か証拠が見つかるはずです。「グルジア兵が住民を捕まえ、パスポートでグルジア人でないことを確認した上でその場で射殺した」という証言は、住民のグルジアに対する反発心から出た言葉でないかと疑ってみるべきです。「グルジアの戦車が老人や子供をひき殺した」という証言があるのなら、担当将校に「轢死体の遺体はなかったか?」と聞いてみるべきです。「戦争犠牲者の検死報告書のコピーはもらえないのか」と無理難題を吹っかけてみるべきです。「グルジアがダムを破壊し、集落を水没させた」のなら、そこはまだ水没しているはずです。第一、これはジュネーブ条約追加議定書に対する重大な違反です。原子力発電所には放射性物質があり、ダムは大量の水を保有しています。こうした危険物質を持つ施設に対しては、住民保護の観点から攻撃が禁止されています。それほど重要なことなのだから、追求して然るべきです。

 この記事はバスツアー参加記でしかありません。8月7日の戦闘をどちらの側が先にはじめたのかなど、この戦争にはまだ謎がいくつもあります。それなのに、もう疑問点は何もないかのような書きっぷりなのです。


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