メルケル首相:OSCEによる停戦監視を

2008.8.19



 ワシントン・ポストによると、ロシア軍高官が撤退を開始したと宣言した後も、ロシア軍はグルジア中央部の都市で、複数の拠点を増強しています。

 ロシア軍はゴリに至る道路上に検問を設け、土木機械が戦車の周囲に防御用の土盛りを造っているのが確認されました。幹線道路は西から東まで、防御施設が造られ、テレビとラジオの放送機材が搬入されています。ロシア軍は西部の街ズグジジ(Zugdidi)から退却する様子はありません。セナキ(Senaki)でもロシア軍がグルジア軍基地の塹壕に籠もり、砲兵隊が集結しています。グルジア政府はゴリの西にあるボルジョミ(Borjomi)とハシュリ(Khashuri)にロシア軍が移動していると主張しています。

マップは右クリックで拡大できます。
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 ここに描かれている状況を見ても、ロシア軍が守備姿勢を固めている様子が窺えます。占領を維持する地域よりも、少し前に出て、そこに防御線を設ける典型的な守備方法をやっているのです。最前線の即時撤退はありません。安全が確認された後方地域で部分的な退却を実施し、グルジア国内や国際社会の様子を見ながら、時間をかけて退却するのでしょう。

 記事によると、70,000人以上だったゴリの住民は現在7,000人程度に減っているとみられています。記事には市民の被害がいくつか具体的に書かれています。ですが、被害が当初の予想よりも遙かに大きいことが、この数字から見えてきます。14日、国際赤十字委員会は、当初5万人とした避難民の数を10万人に修正しました。しかし、ゴリだけで60,000人以上避難民が出ているのなら、この数でも足りないはずです。なお、国際赤十字委員会はグルジア紛争を「国際的武力紛争」と認定しました。日本赤十字社も医療要員の派遣を求められており、準備に入っています。

 一方、国際社会の反応は素早く、EU指導国であるフランスやドイツの国家元首、国連関係者、国際赤十字などが現地入りしています。アメリカの動きといえば、声明を出すだけで、誰も現地入りしようとしません。ライス国務長官はNATOと協議するためにブリュッセルを訪問しますが、その後は、東欧ミサイル防衛(MD)配備計画の合意文書に署名するためにポーランドを訪問するといいます。順序から言って、ポーランドの前にグルジアに行くべきですが、多分、ライス長官はポーランドから帰国するのでしょう。アメリカは腰が引けている、としか言いようがありません。

 この紛争はヨーロッパとロシアの安全保障に大きな変化をもたらしそうです。space-war.comによれば、ドイツのアンジェラ・メルケル首相は、グルジアが望むならNATO軍に加入することを保証すると発言しました。

 メルケル首相はトビリシでサーカシビリ大統領と会談する前に「グルジアは、もし望むならNATOのメンバーになるでしょうし、グルジアはそれを望みます」と記者に述べました。ブカレストで4月に行われたNATO会合において、グルジアとウクライナのNATO加盟は支持されましたが、その予定表は未定でした。アメリカはグルジアのNATO加盟を強く推進していますが、フランスとドイツが難色を示していました。しかし、今回、ドイツは賛同を表明したのです。ロシアはグルジアのNATO加盟に絶対反対の立場です。なぜなら、そうなれば、今後、グルジアを攻撃すれば、NATO加盟国を攻撃したことになるからです。

 また、メルケル首相は独立国家共同体(Commonwealth of Independent States: CIS)ではなく、欧州安保協力機構(Organization for Security and Cooperation in Europe: OSCE)から停戦監視団を派遣することを強く求めています。また、明確にロシアの停戦監視団の存在を拒否しました。CISは旧ソ連の10カ国で形成された国家連合体。欧州安保協力機構はヨーロッパ、旧ソ連諸国、アメリカ、カナダを含む52ヶ国がメンバーの常設機関です。メルケル首相が意図するのは、新ロシア的なCISではない国から停戦監視団を出すことです。これはロシアにとってはショックです。メルケル首相はNATO軍という表現を避けたものの、実質的にはほぼ同じことを指していると考えられるからです。

 サルジコ大統領は強硬派のようでも、案外、及び腰です。だから、メルケル首相が先手を打ったのかも知れません。ドイツが地ならしをして、フランスが同意せざるを得ない状況を作ってしまおうとしているのでしょう。そして、ロシアがOSCEの停戦監視団とグルジアのNATO加盟をいやがり、全面的な撤退を考えるように仕向けているのです。もちろん、ロシアは簡単には引き下がりません。これから様々な交渉が行われ、適当な落としどころを探ることになります。

 このように、一方が全面的な勝利を収めることを避けようとするのが、戦争の後始末のやり方です。双方は少しでも自分に有利な方へ事態を引っ張ろうとして、綱引きを行います。そのために、実現が難しいことも、あえて口にして、相手の反応を引き出します。そこから、次の展開を見出していくのです。

 しかし、また戦闘になることは、まずないでしょう。もともと、ロシア軍が侵入したのは、南オセチアで民族浄化が行われることを防止するためでした。交渉が不利になったからといって、また実力を行使するのでは、大義名分が立ちません。OSCEは軍事同盟ではなく、民主化促進のための機構です。ロシアもあからさまには反対できません。メルケル首相は目の付け所がよいと思います。今後の外交戦の展開に注目が必要です。ちなみに、日本はOSCEに議決権を持たないオブザーバーとして参加しています。何かできることがあるはずです。



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