サルコジを騙したロシア流交渉術

2008.8.26
同日 11:15修正



 グルジア紛争は、ロシアお得意の分かりやすい展開を見せており、警備地域にロシア軍を駐留させ続け、境界線の既成事実化を狙っています。

 ロシアはロシア軍がOSCEの停戦監視団と交代するのを拒否するつもりです。サルコジ大統領は、メドベージェフ大統領と電話で会談しましたが、メドベージェフ大統領は、ロシア軍がOSCEの停戦監視団と交代するつもりはないと述べました。ノゴビツィン参謀本部次長は「ロシアは、OSCE主導の部隊がロシア軍に取って代わることに同意したことはない」と述べました。これは停戦合意に明確にどの組織が停戦監視を行うかを明記していなかったことを逆手に取っているのです。さらに、ロシア上院は南オセチアとアブハジアの独立求める決議案を全会一致で可決しました。ロシアは、「ロシアこそ最適の国際的な監視団である」と主張するつもりでしょう。

 ロシアはグルジアの東西をつなぎ、幹線道路と黒海へのパイプラインが通る地域の間近を押さえています。こうして、グルジアに圧力をかけることには、2つの目的があります。まず、グルジアが根を上げて、ロシアに帰属すること。これはロシアにとって最高の勝利です。次は、このままの状態を続けて、グルジアがNATOに参加することを拒むことです。グルジアひとつのために、EUもそこまではやるまいと、ロシアは踏んでいるのです。

 JAMES TOWN FUNDATIONに掲載されたウラジミール・ソコー氏(Vladimir Socor)のレポートによると、警備地域に関する記述は、サルコジ大統領が提案したのではなく、ロシアが固執したためにサルコジ大統領が追加したものでした。ソコー氏によれば、メドベージェフ大統領はサルコジ大統領を意図的に誤導しました。ロシア語の「otvod」は「撤退」を意味する「vyvod」よりも、「後退」をより強く意味する言葉です。メドベージェフ大統領は、停戦合意文書中の「撤退」をロシア語に直す時、この「otvod」を用いたのです。アナトリー・ノゴヴィシン上級大将は、18日に、「少なくとも若干のロシア軍が、撤退(vyvod)ではなく、後退(otvod)するだろう」と述べ、ロシア語のニュアンスの違いについても説明したと言います。

 私の記憶では、国内メディアは、このことを報じていません。多くの場合、海外から配信される記事は要旨だけが翻訳され、細かなニュアンスは省略されます。このサイトでは、そうした抄訳に不備がある場合が多いので、海外の記事を扱うようにしているのですが、今回、その欠点が露見したようです。英語で配信された記事にも「withdraw」としか書かれておらず、世界のメディアがロシアの工作に気が付かなかったことを示しています。

 18世紀じゃあるまいし、ロシアは、よくもやってくれたものです。言語間の微妙な意味の違いは、海外のニュースを読む時に、常に気になることです。英語に翻訳された時に起こる意味の変化を気にしながら読んでも、問題点をすべて知ることはできません。イスラム武装勢力のウェブサイトを直接読めたらと思うことは、よくあります。メディアは特に注意しなければいけないことなのですが、ノゴヴィシン上級大将の定例会見に出席した記者は、鼻が湿っていなかったのか何なのか、とにかく肝心な部分が世界に認識されなかったわけです。

 グルジア紛争は長期化が確実となりました。EUは失敗を取り戻すために、体勢を立て直さなければなりません。おそらく、すでにやっていると思いますが、フランスやドイツなどが中心となって、戦略を立て直す必要があります。強引ですが、グルジアのNATO参加を強行すると見せ、ロシアの譲歩を引き出す手もあります。気になるのは、対テロ戦で互いに協力する関係上、どの国も紛争をあまり激化させられないところです。このため、この紛争はこれまで以上に複雑なものになりそうです。


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