私見:白リン弾の問題点
2009.1.18
修正・追加 2009.1.20
以下の見解は、global-security.org の白リン弾に関する解説文の日本語訳 と共にお読みください。
ウィキペディアに見る情報の混乱
先に掲載したglobalsecurity.orgの白リン弾の解説を読むと、ウィキペディア日本語版の記事が誤っていることがよく分かるはずです。白リン弾にはかなりの危険があり、単に煙幕を発生させるだけではありません。
先に私が指摘した焼夷効果については、ウィキペディアの記事は現段階では修正されています。以前は「照明効果および焼夷効果は持っていない。」と書かれていましたが、「照明効果および焼夷効果も持っている。」と正反対になり、さらに「照明効果および焼夷効果も持っているが、その効果は極めて限定的なものに留まる。」と書き換えられました。未だにすべての問題が修正されたとは言えません。率直なところ、英語版の白リン弾の記事をそのまま翻訳した方がずっと人びとのために有用でしょう。なぜ、このような情報の混乱が起こるのかが問題です。
ウィキペディアの記事は軍事オタクが書いているとしか思えません。彼らは「焼夷弾は火をつける兵器、発煙弾は遮へいのための兵器。シロウトどもはこんな基本的な事柄が分かっていない」と考えているのです。
軍事オタクの最大の欠点は「物」しか見ることができず、戦争という問題において最も配慮すべきである「人間」について考えることができないところです。「物」にこだわるので、その名称などにも異常な固執を見せ、議論は大半が名称に関わることに終始します。しかし、この欠点は彼らの白リン弾に対する見解の欠点にもなります。個々の物質や物体に執着するので、その本質的な問題を見落としてしまうのです。白リン弾の問題では、発煙弾としての白リン弾と、焼夷兵器としての白リン弾の構造は同じだということを忘れています。また、化学物質は物質固有の性質だけでなく、濃度や重量などによる効能と実害の変化に着目しなければいけないことにすら気がついていません。
軍事議論というものは、少なくともウィキペディア日本語版に書かれているようなものではありません。しかし、どういうわけか、軍事オタクの間ではこうした議論が主流なのです。これは彼らがいかに現実的な議論から乖離しているかを示しています。大体、彼らがやっているような議論は海外では見られないもので、日本固有だと思います。だから、軍事問題を考える上では、彼らの議論は無視しても差し支えがありません。
白リン式の発煙弾と焼夷弾
ここではポピュラーな白リン弾を取り上げます。米軍など世界各国で使われている発煙弾、155mm榴弾砲用の白リン弾の「M110A1/A2(M110と記述します)」と「M825/A1(M825と記述します)」です。
特定兵器使用禁止条約では、主に焼き払うことを目的にした兵器を焼夷兵器と定義しています。焼夷効果が付随的である発煙弾は焼夷兵器に含まれません。条文には単に「発煙弾」としか定義しておらず、発煙弾にもさまざまな種類があることは無視されています。このため、発煙弾と名づければ、焼夷効果を持つ兵器も合法化されてしまうという問題が起きています。
兵器にはこうした曖昧な部分が存在します。たとえば、軍用銃の銃床を狩猟に適した形にして、狩猟銃として販売することがあります。機関部は軍用銃と同じでも、こういう銃は狩猟銃という名前で販売されます。日本では軍用銃やそれを模した銃を狩猟に用いることを認められていませんが、狩猟銃として販売されている軍用銃は許可されています。狩猟銃であるかどうかは警察が様々な情報を元に判断するのですが、銃器メーカーが狩猟銃だと言って販売している銃は、より許可が出やすくなる傾向があります。
M110の構造図(下図)を見てください。これは同じM110でも、白リン弾ではなく、化学兵器を充填する化学弾の図ですが、構造は同じと考えて差し支えありません。「Agent」の部分がフェルトウェッジです。つまり、白リンを染み込ませたフェルトの塊です。「Tetrytol Burster」は「テトリトール炸薬(テトリルとTNT火薬との混合物)」。「Fuze Well Cap」は信管です。信管が装薬を爆発させると砲弾の外殻が破壊され、フェルトウェッジが散開します。この際、大半の白リンは爆発の燃焼で消滅します。白リンが酸素に触れると自然に発火が始まり、白リンをふくんだフェルトが燃えながら地表に落下します。
M110とM825は構造上はほとんど同じです。違いはフェルトウェッジに染み込ませられた白リンの重量です。M110は元々化学兵器用の砲弾として開発され、マスタードガス等の散布に使われました。M110にはフェルトウェッジにしみこませた白リンが15.6ポンド(約7.08kg)、M825には12.75ポンド(約5.78kg)搭載されています。M825はM110よりも白リンの量が約1.3kg、2割弱少ないだけです。焼夷効果は白リンの重量に比例します。このため、M825を2発用いた場合は、M110を1発用いた場合よりも、より大きな焼夷効果が期待できるという矛盾が発生します。口径がより小さい120mm迫撃砲の発煙弾でも、大量に発射すれば、155mmの焼夷弾そこのけの効果を出せることになります。兵器メーカーが発煙弾だと言えば、それに焼夷効果があっても発煙弾として認定されるのが現状です。現行の国際法は、こうした矛盾に対応できていません。
東京大空襲の記録を読めば、黄リン弾で多数の国民が火傷を負ったことが分かります。黄リンは白リンに不純物が混じった物質で、ほとんど白リンと同じです。
globalsecurity.orgの2005年5月11日付けの記事 は、ファルージャの戦いで、第8海兵連隊C中隊に随行した記者の証言を紹介しています。彼は白リン弾が照明のために用いられていたと述べると同時に、海兵隊員が味方の白リン弾に苛立っていたとも述べています。十分な調整なしに投下されたために、白リン弾は彼らの近くに落ちることもあり、味方の位置も明るく照らし出したからです。海兵隊員は、白リンが肉を貫いて燃えること、消火が不可能なことを知っており、白リン弾が近くで爆発するたびに罵り声をあげました。照明の目的で発射された白リン弾を海兵隊員は怖がったのです。(本来、白リン弾は照明のためには用いませんが、燃焼によって周囲が明るくなることを利用したのでしょう)
砲弾の構造ばかりに目を向けても意味はありません。砲弾は単発ではなく、斉射によって運用されるからです。だから、複数で用いた場合の効果を知らなければなりません。米陸軍工兵隊の報告書「射撃場の活動による地表から地下水への活性残余物移動の概念モデル(Conceptual Model for the Transport of Energetic Residues from Surface Soil to Groundwater by Range Activities)」には、白リン弾数発はHE弾1発の代用品として用いられると書かれています(pdfファイルはこちら )。つまり、白リン弾を数発撃てば、HE弾1発と同等の成果が得られるということです。第二次世界大戦や朝鮮戦争では、歩兵が大勢で攻撃してくるような場面で、米軍が4.2インチ(107mm)迫撃砲を使って白リン弾を発射し、戦果をあげたのは、こうした理由によります。第二次世界大戦と朝鮮戦争の米陸軍の化学迫撃砲大隊の帰還兵についてのウェブサイト に、当時の迫撃砲での白リン弾の運用についての説明があります。それによると、白リン弾を含む発煙弾は迫撃砲が発射した弾薬の中で大きな割合を占めていました。大気中を飛ぶ白燐の塊が敵兵(ドイツ兵)を怖がらせ、焼夷弾としての役割を果たし、火傷による死傷者を出したのです。HE弾に次いで白リン弾が撃たれたとも書かれています。
さらに報告書には、起爆が不完全な場合、白リンの塊が地表に落ち、そうした白リンが壊されると、再び着火するとも書かれています。米陸軍の野戦教範「FM 6-20-1(1990年版)」にも、「白リン弾(WP)は効果的であるものの、雪中で発見されなかったリンは3〜4日間燃え、後刻その地域を移動する友軍に被害をもたらす可能性がある。」と書かれています。クラスター爆弾の場合とは性質が違いますが、これは二次的な被害を想定すべきです。
このように白リンの焼夷効果やその他の害は、いまさら説明する必要がないくらいに明らかであり、議論の余地はありません。効果のない兵器が、これほど使われ、記憶に残るはずはないからです。現行の国際法で発煙弾に分類される兵器には強力な焼夷効果があるのです。なぜ、ウィキペディアで論争が続くのかは理解できないことです。
国際法上の焼夷兵器
イスラエル軍が白リン弾を使用した理由は、globalsecurity.orgの記事に引用されているファルージャの戦いの場合とおそらく同じです。通常、榴弾砲はHE弾で敵を攻撃しますが、地下に潜っている敵には効果があまりありません。そこで焼夷兵器を使いたくなるわけですが、焼夷兵器の一部は国際条約で禁止されています。そこで、抜け道として白リン式の発煙弾を使うのです。
白リン弾は国際条約(文末に掲載)によって禁止されていません。しかし、人口密集地への焼夷兵器の使用は、いかなる場合にも禁止されています。すでに説明したように、白リン式の発煙弾は実態としては焼夷弾です。それを人口密集地に対して用いたのは、国際法違反とは言えませんが、実質的には法の精神を侵害しています。人権団体などが白リン弾の使用が国際法違反だと主張するのは、この実質的な部分についてです。私はこれは当然の問題提起だと考えます。すでに複数の戦いで使用され、民間人多数が死傷していることを考えれば、クラスター爆弾と同様に国際的なルールが整備されて当然なのです。そうした動きをリードする人権団体が問題提起をするのは当然です。すでに指摘したように、発煙弾には大小様々な種類があるのに、条文上は「発煙弾」で一括りにされています。大口径の砲から発射される発煙弾は実質的には焼夷弾と同じ力を持っています。イスラエルもそれを承知で白リン弾を使っているのです。また、ジュネーブ条約でも、住民の保護に関する規定は過去よりも厳しくなってきています。イスラエルはそうした規定を定めるジュネーブ条約の追加議定書は批准しておらず、これを守る義務はありません。それでも、国際社会がイスラエルに追加議定書の内容も尊重するように求める動きが起こるのは当然です。イスラエルのガザ侵攻では、こうした国際人道法の進歩がほとんど反映されていません。住民に対する事前通告が行われ、イスラエル軍に支援団体の窓口(The Humanitarian Affairs Coordination Center)を設け、責任者に予備役の准将を据えました。しかし、国際社会はこの程度の活動では納得しないところまで来ているのです。たとえ自衛戦争であっても、何でも許されるわけではなく、人道を尊重すべきというコンセプトはすでに国際社会に定着しているのです。「白リン弾は国際法違反」という主張は事実ではありませんが、明らかに、今後、規制が研究されるべき兵器であり、筋違いではないのです。
焼夷兵器の代表格であるナパーム弾にはゲル化剤が含まれていて粘着性があります。白リン弾には粘着性はありませんが、ゴムを混ぜることで簡単に粘着機能を追加することができます。白リンの燃焼でゴムが溶解し、人体に付着すると一層取りにくい武器になるのです。このように、武器に関しては定義上の抜け穴が色々とあるのです。もっとも、ゴムを混ぜたことがばれれば、発煙弾だという主張は通らなくなるでしょう。
国際法が強力で無差別的な兵器を僅かしか制限していない問題は、以前から国際法の分野で問題視されてきました。焼夷兵器を含むいくつかの近代的兵器は、何十年も前から「人道法により禁止されたカテゴリーに入る可能性がある」と指摘され、「疑わしい兵器」という名前で呼ばれてきました。国際条約は兵器の進歩に追いついておらず、今なお改善が求められています。こうした国際法の歴史を考えれば、条約で禁止されていないから問題ないと言えないことは明白であり、問題提起のために白リン弾の使用が批判されるのは当然です。すでに複数の戦争での実例で、禁止すべき理由となる前例が確立されたと言えるのです。globalsecurity.orgが、合法である白リン弾の問題点をあえて取り上げたのには、こうした背景があるのです。
焼夷兵器の使用の禁止又は制限に関する議定書(議定書III)
第一条 定義
この議定書の適用上、
1 「焼夷兵器」とは、目標に投射された物質の化学反応によって生ずる火炎、熱又はこれらの複合作用により、物に火炎を生じさせ又は人に火傷を負わせることを第一義的な目的として設計された武器又は弾薬類をいう。
(a) 焼夷兵器は、例えば、火炎発射機、火炎瓶、砲弾、ロケット弾、擲弾{擲=てきとルビ}、地雷、爆弾及び焼夷物質を入れることのできるその他の容器の形態をとることができる。
(b) 焼夷兵器には、次のものを含めない。
(i) 焼夷効果が付随的である弾薬類。例えば、照明弾、曳光弾{曳=えいとルビ}、発煙弾又は信号弾
(ii) 貫通、爆風又は破片による効果と付加的な焼夷効果とが複合するように設計された弾薬類。例えば、徹甲弾、破片弾、炸薬爆弾{炸=さくとルビ}その他これらと同様の複合的効果を有する弾薬類であって、焼夷効果により人に火傷を負わせることを特に目的としておらず、装甲車両、航空機、構築物その他の施設のような軍事目的に対して使用されるもの
2 「人口周密」とは、恒久的であるか一時的であるかを問わず、都市の居住地区及び町村のほか、難民若しくは避難民の野営地若しくは行列又は遊牧民の集団にみられるような文民の集中したすべての状態をいう。
3 「軍事目標」とは、物については、その性質、位置、用途又は使用が軍事活動に効果的に貢献する物で、その全面的又は部分的な破壊、奪取又は無効化がその時点における状況の下において明確な軍事的利益をもたらすものをいう。
4 「民用物」とは、3に定義する軍事目的以外のすべての物をいう。 5 「実行可能な予防措置」とは、人道上及び軍事上の考慮を含めその時点におけるすべての事情を勘案して実施し得る又は実際に可能と認められる予防措置をいう。
第二条 文民及び民用物の保護
1 いかなる状況の下においても、文民たる住民全体、個々の文民又は民用物を焼夷兵器による攻撃の対象とすることは禁止する。
2 いかなる状況の下においても、人口周密の地域内に位置する軍事目標を空中から投射する焼夷兵器による攻撃の対象とすることは禁止する。
3 人口周密の地域内に位置する軍事目標を空中から投射する方法以外の方法により焼夷兵器による攻撃の対象とすることも、禁止する。ただし、軍事目標が人口周密の地域から明確に分離され、焼夷効果を軍事目標に限定し並びに巻添えによる文民の死亡、文民の傷害及び民用物の損傷を防止し、また、少なくともこれらを最小限にとどめるため実行可能なすべての予防措置をとる場合を除く。
4 森林その他の植物群落を焼夷兵器による攻撃の対象とすることは、禁止する。ただし、植物群落を、戦闘員若しくは他の軍事目標を覆い、隠蔽{ぺいとルビ}し若しくは偽装するために利用している場合又は植物群落自体が軍事目標となっている場合を除く。
{夷はいとルビ}