ガザ紛争に関する国内メディアの迷走

2009.1.3



 国内メディアは往々にして武力紛争を曖昧に報じ、読者の注意を散漫にすることに精を出します。12月28日付けの産経新聞(村上大介記者)と12月29日付の読売新聞(三井美奈記者)が書いた記事が、それにあたります。

 通常、当サイトでは国内記事にリンクを張りません。それは、国内記事の多くは短期間で掲載されなくなり、記事が読めなくなるためです。しかし、今回は元記事を読むことが大事なので、重要なのでリンクを張っておきました。

 産経新聞の村上記者は、冒頭で次のように書きました。

イスラエル軍はパレスチナのハマスが実効支配するガザ地区に対し、空前の大規模空爆に踏み切った。ガザからのロケット弾攻撃阻止だけでなく、2月のイスラエル総選挙前にハマスを可能な限り弱体化させておく狙いがあるとみられる。しかし、犠牲者が増えるほど、パレスチナ社会やアラブ世界でのハマスへの同情と支持は高まる。イスラエルの「戦略目標」は、いまひとつはっきりしない。

 例によって選挙目当ての武力行使という見解が示されました。先に書いたように、これはマスコミの常套句で、大した意味を持ちません。また、イスラエルの明々白々な戦略目標を曖昧だとも書いています。「ロケット弾は命中精度が低い上に威力も限定的」なのは確かです。しかし、これが毎日何十発も撃ち込まれているのを、国家が放置することはできないという点を無視しています。ハマスの攻撃を止めるのに、交渉の場を設けるわけにはいきません。それはイスラエルの敗北を認め、何からの妥協をして、ハマスに攻撃を止めてもらうことを意味します。military.comによれば、イスラエルは国際監視団がガザ地区に入ることを停戦の条件にしています。これを見れば明らかなように、イスラエルの目的はハマスのロケット・迫撃砲による攻撃を止めさせることであり、疑いを差し挟む余地はありません。

 村上記者は「ただ、ハマスの誤算は、イスラエルの反応が予想以上に激しかったことだろう。」とも書いています。この見解は馬鹿げています。2006年にヒズボラがロケット攻撃を仕掛けたのに対して、イスラエルが武力侵攻したことを考えれば、イスラエルの空爆や地上戦をハマスが予測できないわけはありません。しかも、「いまのハマスには、イスラエル軍の攻撃を招いても失うものはないのだ。」と書いています。すでに、420人が死亡し、2千人近い人が負傷しています。ハマスが守るべきガザ住民に被害が出て、ハマスの戦闘員にも大きな損害が出ている点がまったく評価されていません。

 一方、読売新聞の三井記者は「イスラエル政府は今回の作戦を、停戦と並行して着々と練り上げていたフシがある。」と書き、ハマスが地下トンネルでロケットや迫撃砲弾を運び込み、着々と攻撃の準備を進めてきたことを無視しています。イスラエルがハマスのこうした動きを察知して、トンネルの位置や武器の配備位置に関する情報収集に努めてきたのは当然のことです。その成果が、先月末に始まった空爆の戦果に現れています。それを「フシがある」などといった思わせぶりな表現で報じるのは、読者を誤り導く原因になります。

27日の攻撃は、ハマスが何らかの形で、和平交渉にかかわる可能性を当面つぶした。イスラエルの意図は短期的に達成されても、より大きな目標である中東和平の実現は今回の攻撃でさらに遠のいたのは否めない。

 この結論はいかにもマスコミ的で、総花的です。しかも、「否めない」という消極的な表現で締めくくられると、何が言いたいのかまったく分からなくなります。中東和平が直ちに実現すると考える人は誰もいません。イスラエルとパレスチナの要求は真っ向から対立していて、調停のしようもないほどだからです。当たり前のことを結論に示されると、前段は何のために書かれたのかという疑問が湧きます。

 両記者はいずれも中東に派遣されており、現場に近い場所から記事を発信しています。しかし、こんな記事なら東京にいても書けるでしょうし、読者に誤った見解を伝えるという点で非常に有害です。毎度のことですが、海外で起こる武力紛争に関しては、迷走した見解がメディアから示されます。今回の事件でも、すでに地上戦が避けられない状況に来ているのに、肝心の戦闘の見通しを報じる記事が出てきません。

 少年期、新聞を読むようになった頃、特に国際面の記事が理解できなくて困惑したものでした。書かれていることが曖昧で、事態がその通りに進展することも少ないからです。その上、こうした予測通りにならない報道が、新しい国際紛争が起きた時に、まるで記憶喪失にでもなったように繰り返されるのです。私にはこれが不思議でなりませんでした。マスコミの不思議な性質が理解できるようになるまでには、自分の理解がおかしいのだと悩んだものです。

 ところで、先に引用したmilitary.comの記事にイスラエルで行われた世論調査の結果が載っており、これは非常に参考になります。この調査には472人が回答し、空爆継続に賛成する人は52%もいますが、地上戦に賛成する人は19%だけでした。停戦に賛成する人は20%です。調査の誤差は4.6%です。明らかに2006年のヒズボラとの戦いの結果が、この世論調査に影響しています。イスラエル国民は地上戦で勝つことに確信が持てないのです。地上戦に賛成する人は少ないものの、停戦に賛成する人も少ないということは、イスラエルの世論が地上戦を阻止する可能性はないということです。また、匿名を条件に語ったイスラエル軍幹部が、5日間の攻撃で約500回の空爆が行われ、ヘリコプターによる攻撃も数百回以上行われていると述べたとも書かれています。こうした細かい数字を頭に入れておくのは、とても重要です。しかし、記者の変な見解は願い下げです。

 それから、ハマスの政治部門幹部ニザル・ラヤンが空爆により死亡したとの報道がありました。彼の自宅は難民キャンプの中にありました。ラヤンにとっては、自宅にいると宣言するのはガザ住民と共にあることを示すために有効ですが、イスラエルにすればハマスの指導力を叩くチャンスです。また、これは難民キャンプとてハマスを匿えば容赦しないというパレスチナに対するメッセージとなります。現在進行中の戦争は、こうした戦国の理論で動いています。新聞記者が机の上でひねり出すアイデアでは動いていません。

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