州軍初、イスラム教の従軍聖職者が誕生

2009.2.18



 military.comによれば、米州軍史上、初のイスラム教の従軍聖職者が誕生しました。ラファエル・ランチガ少尉(2nd Lt. Rafael Lantigua)はバプテスト派の母とカトリック派の父を持ち、アフリカ系米人とドミニカ系米人の混血であり、完全なイスラム系アメリカ人です。

 この記事は、現在起きている軍事問題に大きな影響を与えるわけではありませんが、興味深いことなので取り上げました。

 彼は2012年に必要な教育を終え、372年の州軍の歴史上初のイスラム教の従軍聖職者になります。彼はバプテスト派もカトリック派も好きではあったものの、心に訴えるところがなく、宗教的な探索に乗り出しました。11歳の時、駐屯地の図書館でイスラム教の聖典「コーラン」に出会いました。彼は友だちが遊んでいる間に、ジョン・ロック(John Locke/「社会契約論」で有名)やトマス・アクィナス(St. Thomas Aquinas/「神学大全」で有名)、コーランやマルコムX(アフリカ系米人の指導者)の自伝を読みました。17歳で彼はイスラム教に改宗し、その3日後に空軍の基礎訓練のために出発しました。その後、日本、ヨーロッパ、アリゾナ州の基地で勤務し、幹部になるための課程を受講し、信者に教えを伝えるイマームになる資格を取りました。

 同時多発テロの時のエピソードは興味深いものです。彼は休職中で、4歳の娘を連れて飛行機に乗っていました。彼の出で立ちは伝統的なイスラムのローブで、1週間伸ばした髭もありました。あの事件が起きると、飛行機は理由を告げないまま、リトルロックに着陸しました。空港で、彼は飛行機が貿易センタービルに突っ込むテレビ映像を見ました。乗客はバスでアトランタに運ばれ、ボランティアが彼らに食事と滞在する場所を提供しました。他の乗客たちは味方になるボランティアを見つけましたが、ランチガと彼の娘が残されました。やがて、キリスト教をテーマにしたTシャツを着た男性がためらいがちに近づいてきて言いました。「滞在する場所はおありですか? 家庭料理はいりませんか?」と尋ねました。ランチガは男性に「あなたに神の祝福を」と述べ、男性も「神の祝福を」と答えました。

 1年以内に、彼はアフガニスタンのバグラム空軍基地に赴任しました。彼がアラブ語に堪能なことに気がついたCIAは、彼をエージェントとして採用し、金持ちのアラブ人に変装させてカブールに送り込み、情報を収集させました。その後、彼はイラクに派遣されると、サダム・フセインの息子ウダイとクサイを探す任務に就きました。昨年、彼は空軍を除隊し、従軍聖職者になるために州軍に入隊しました。

 同時多発テロ以降、アメリカで起こった混乱と人種差別は少なくないものがありました。それは民主主義の指導国として、恥ずかしいものでした。それでも、他の国に比べると、アメリカはまだしも救いがあり、連邦レベルには高い意識が存在します。ローマG7で醜態を演じた中川昭一財務・金融担当相と、分単位で来日スケジュールをこなしていくヒラリー・クリントン国務長官の違いといえば、例えとして分かりやすいかも知れません。ブッシュ政権下では、こうしたモラルもかなり低下しましたが、すべてが腐ったわけではありません。ランチガに家と食事を提供した男性のような人たちがモラルを守るのです。現在、テロ戦争やガザ侵攻で戦争の悲惨さを目にすることが多くなっています。半世紀以上、大きな戦争を経験していない日本人には、こうした紛争を見るにつけ、世界平和など達成し得ないものだと感じられるかも知れません。しかし、過去の戦争に比べると、兵器の攻撃力が飛躍的に増加した一方で、メディアによる戦争報道は一層増え、人びとの反応にも変化が生まれています。以前よりもより少ない犠牲者を世間は受け入れず、戦禍が小さい内に戦争の収拾を図ろうとするようになりました。こうした変化を最大限に利用して、世界平和を達成しようとする人たちが増える必要があります。その一つの手段が、人種や宗教の壁を越えられる人が登場することです。現在、戦争の多くが人種や宗教を守るために行われており、これらに対する人びとの強いこだわりを緩和しなければ、戦争の危機も減りません。ランチガは、自分は「架け橋」だと述べています。軍事研究も、もとは国家を存続させる目的で研究されてきましたが、これからは世界平和の達成のために研究される必要があります。そうした着想を得るために、ランチガの物語はとても参考になります。

 余談として、言語上の問題について書いておきます。通常「牧師」と訳される「chaplain」は、「military chaplain」という熟語では「従軍牧師」と訳されます。牧師はプロテスタント派の聖職者のことですが、軍隊付きの聖職者は常に「chaplain」と表記されます。日本語の場合、「従軍神父(カトリック派)」「従軍僧侶(仏教)」「従軍イマーム(イスラム教)」「従軍ラビ(ユダヤ教)」のように、宗教ごとに書き分けないと意味が通じません。英語ではどんな宗教・宗派であっても、従軍聖職者は「chaplain」です。宗教・宗派を表現するには、それを「chaplain」の前に併記します。イスラム教の場合は「Muslim chaplain」、仏教徒の場合は「Buddhist chaplain」となります。もし、訳文で「イスラム教の従軍牧師」という記述があったら、それは日本語としては変ですが、原文の意味は無理なく推測できます。こうした、ややこしい事情があるので、この記事では、無難なところで「従軍聖職者」と訳しました。

 ついでに言うと、「従軍」にピッタリする英語の単語はなく、翻訳の際に、しばしば意味が混乱することがあります。もちろん、英語で「従軍」を表現することはできますが、日本語の場合と同じように使える単語はありません。よく引き合いに出される「従軍慰安婦」は、英語では単に「comfort woman」と書かれる場合が多く、ほかには「wartime comfort woman」などといった表現が見られます。だから、日本で見受けられる「戦前に従軍慰安婦という言葉はなかったから、従軍慰安婦は存在しない」という主張は、そのまま述べたのでは英語圏の人に伝わらず、誤解される危険すらあります。それを防ぐには、日本語と英語の表現の違いから説明する必要がありますが、こうしたややこしい説明は大衆受けしないので、余計に理解されにくいことになります。

 用語の翻訳はしばしばうまい言葉が見つからず、不適切な言葉が使われ続けていることもあります。軍事問題でもしばしば面倒な問題が起こり、それが物事を見る目を曇らせることもあります。先日、英語では「白リン弾」は「焼夷弾」「発煙弾」の両方を意味する言葉であり、「発煙弾」だという主張は欺瞞だと、このサイトで解説しました。日本語と外国語で、常に1対1で対応する適切な訳語があるという認識は、しばしば議論をも誤らせるものです。インターネット上に見らられる軍事議論はしばしば、幼児的な語義論に終始していますが、こうした議論はもともと軍事の議論にはあたらないものなのです。


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