ジェームズタウン財団の「ユーラシア・デイリー・モニター」によれば、ロシアは来月からグルジアで行われる軍事演習に強烈な反発を示しています。
NATO主導の平和のためのパートナーシップ(Partnership for Peace: PfP)の演習「協調する長弓と協調する槍騎兵2009(Cooperative Longbow-Cooperative Lancer 2009)」は5月6日から6月1日まで行われ、本質的に厳密な平和維持であり、将来の平和維持や人道支援任務において、NATO軍と非NATO軍の互換性を成し遂げることを狙っています。戦闘部隊の演習ではなく、部隊の展開や重火器を用いない紛争地域から離れた場所でのスタッフの訓練です。中立のヨーロッパ諸国、ロシアと元ソ連の共和国はPfP計画の一部です。サウジアラビア、セルビア、アゼルバイジャン、イギリス、アメリカ、カナダなど18ヶ国と同様に、ロシアに近い連合国のアルメニアはこの演習に参加すると発表しています。
この演習に対して、ロシアからはあらゆるレベルから批判が寄せられています。
ロシア大統領
ドミトリー・メドベージェフ(Dmitry Medvedev)
(演習は)先見の明がなく、真のパートナーシップに値しません。こうした行動は明らかに軍事的デモンストレーション、軍事力の増強です。(ロシアは)そこで起こるだろうすべてのことを最大の注意を払って見守り、もし必要になれば、何らかの決断を行うべきです。
7ヶ国集団安全保障条約機構事務局長
ニコライ・ボディユザ(Nikolai Bordyuzha)
この演習は挑発と「侵略の支援」です。
駐米ロシア大使
セルゲイ・キスリャク(Sergei Kislyak)
西側は8月の出来事の教訓を学んでいません。この演習はグルジアがロシアに対してすることに関係がなく、さらにNATOのメンバーになろうとするグルジア政府の信念を強固にします。もし、グルジアがすでにNATOのメンバーなら、ロシアとアメリカが2008年8月に開戦したのはほとんど確実だったでしょう。
駐NATOロシア大使
ドミトリー・ロゴジン(Dmitry Rogozin)
参謀総長ニコライ・マカロフ陸軍大将(Nikolai Makarov)は5月7日に予定されているNATO幹部との会合に出席しないでしょう。サーカシビリ大統領がNATO軍と武器をグルジアに配備しようとするのは、アブハジアと南オセチアへの攻撃を再会するもう一つの許可証と同じです。NATOは演習期間中、自身の兵士の安全に責任があります。ロシアは起こり得る挑発について警告します。(トビリシで反政府デモが行われたことについて)NATOは演習を実行することで、グルジアの内政問題に干渉しました。
ロシア外務次官
セルゲイ・リャブコフ(Sergei Ryabkov)
アメリカはグルジアを再武装し、侵略者を支援し、状況を不安定にしました。(演習が事前に計画され、スタッフの演習であるという西側の説明に対しては)安っぽく、印象的でない。ワシントンはいまだにヨーロッパにミサイル防衛を配備する計画を進行させようとしており、モスクワは相互関係を整復する話にうんざりしています。
唯一冷静なコメントを寄せたロシア人がいます。
CIS国防大臣評議会ロシア代表
アレキサンダー・シナスキー大将(General Alexander Sinaysky)
この演習はおそらくタイミングを逸していますが、ロシアとグルジアの戦いが2008年8月にはじまるずっと前に事前に計画されました。それには軍事的な機動はありませんし、危険な出来事は何も起こらないでしょう。
ロシアの怒りを和らげるために、NATO司令部はロシアにこの演習に参加し、オブザーバーを派遣できると申し出ましたが、ロシアは関心を示しませんでした。
以上はロシアの怒りがよく分かるレポートです。ほとんど戦争の一歩手前という雰囲気ですが、今のところは雰囲気の範疇に収まっています。グルジアにはカスピ海からロシアとトルコにつながるパイプラインがあり、グルジアとロシアの国境は険しいコーカサス山脈で隔てられており、唯一、ロキ・トンネルによって両国がつながっており、トンネルに至る道路はロシアとグルジアのいずれの側も長い山間の一本道となっています。グルジアの西側は黒海に面しており、ロシア海軍は艦隊を派遣することができます。地上軍を展開することが難しいのに、手放すことができないパイプラインが通っているのです。もし、グルジアが西側の手に落ちれば、パイプラインはトルコへだけ向かうようになるのではないかというのがロシアの懸念です。現代の日本人の感覚なら、パイプラインから得られる利益を折半すれば問題は解決するというところですが、世界では天然資源を確実に手に入れなければ、いずれはジリ貧に陥ると考える国が多いのです。グルジアについて言うなら、パイプラインを守れなくなると判断した途端、ロシアは一気にグルジアに地上軍を配備するという、「全か無か」式の戦いだと見積もれるのです。
昨年のグルジア侵攻以前から予定されていた演習とはいえ、今となっては、グルジアの軍事力の向上につながることから、ロシアはこれを認めることができません。そして、挑発行為として、グルジア国内でのデモを画策し、検問所を前進させ、黒海艦隊を派遣して見せました。これでNATOが「ロシアがかなり怒っている」と考えて、演習を中止すればロシアは「戦わずして勝った」ことになります。しかし、NATOとしても、戦略的観点から妥協はすべきではなく、演習は予定通りに行い、おそらく外交的にロシアとの妥協点を探ろうとしているはずです。ロシアが演習を妨害する程度で済ませるのか、武力侵攻を伴う紛争へ発展させるのかは検討の余地があります。しかし、現状は戦争の一歩手前の段階に来ており、実際に軍事介入が起きても不思議ではありません。