パキスタン人から信用されないアメリカ

2009.5.20



 アフガニスタンとパキスタンの両戦域を表す言葉として「AFPAK」がありました。この言葉はどちらかといえば、アフガニスタンを第一の戦域として認定していたのですが、いまや「PAKAF」と書くべきだという意見が出てきました。パキスタンこそ第一の戦域だという記事をspacewar.comが報じました。

 この記事は用語の変化だけでなく、パキスタン人のアメリカ観についても解説していますが、その内容は極めて深刻です。もはやパキスタンに期待するものはなさそうです。

 イギリス国内のテロリストはほとんどがパキスタンに通じています。また、核開発に関するアメリカのダブルスタンダードに対して、パキスタン人が反感を感じています。パキスタンは1947年に独立してから、アフガンでソ連が敗北した1989年まで、パキスタンはアメリカの同盟国でした。1990年代は反対になり、秘密の核兵器開発計画の件で両国の仲は険悪になりました。1998年5月11日と13日にインドは5回の核実験を行い、パキスタンは2週間後に5回の核実験で対抗しました。アメリカはインドの核開発に対しては強く批判してこず、最近アメリカはインドとの核開発で合意しました。この合意では、30年間の核取引の停止を撤廃し、エネルギーと人工衛星の分野での協力を拡張します。パキスタン人は反米意識を強く持つようになりました。パキスタンの核開発はA・Q・カーンによって行われ、パキスタン情報部(ISI)の完全な認識の下に、 イラン、北朝鮮、リビアに渡されました。リビアの指導者カダフィ大佐は後に誤りを告白し、CIAとMI6へ核計画と資材を引き渡しました。カーンの親友で、前ISI長官のハミッド・グル(Hamid Gul)は、同時多発テロはイスラム信者に対する攻撃を正当化するための、CIAとモサドの仕業だと述べました。彼は同時多発テロの3週間後に、事件には米空軍が関与しており、そうでなければ航空機が指定されたルートから外れたことが確認された後で、すぐに戦闘機が緊急発進しなかったことが説明できないと述べました。現在、ほとんどのジャーナリストを含めて、何百万人ものパキスタン人がこの陰謀話を信じています。また、陸軍のパンジャブ人の兵士はアメリカ政府が同胞の市民に対する攻撃を命令したというタリバンの宣伝を信じています。

 記事はこの後も悲観的な情報を伝えていますが省略します。問題のポイントは記事の末尾に書かれている「Descent into Chaos(カオスへの転落)」の著者、アハメド・ラシッド(Ahmed Rashid)の言葉に集約されます。彼はもはやパキスタンは「タリバン化に向けて忍び寄る」のではなく「疾走している」と書いています。

 以上の話と先日のBBCの報道を合わせて考えると、パキスタンの一部または全体がタリバン化し、現政権がパキスタンから追い出される危険性は極めて高いと考えざるを得ません。BBCの記事からは情勢が想像していたよりも相当に悪いことを痛感しました。そして今回、ようやくパキスタン人の意識について知ることができ、暗澹としました。これでは、パキスタン人がアメリカに協力するはずはなく、パキスタン自体がタリバン化した方が世の中がよくなると考えている人が多いのは確実です。タリバンを嫌う人たちが大量に難民となる危険性も考えざるを得ません。パキスタンに関しては、もはやお手上げと言うべきです。これはオバマ政権の外交政策を直撃することになります。

 こうした問題を防ぐには、先進国は世界中の発展途上国内にくすぶる問題に平時から介入し、過激主義の勃興を防止するしかありません。NGOなどの活動だけでは不十分です。もはや奉仕という感覚ではなく、戦争防止の見地から支援活動が必要な時代に来たのだと考えざるを得ません。

 パキスタンに対する日本政府の対応は無意味だと以前から書いてきました。テレビなどで、この問題に対する議論を何度も目にしましたが、洋上給油に賛成する国会議員は熱心にパキスタンの重要性を説いていました。ここ数日、CNNなどはパキスタン問題でかかりきりです。しかし、テレビで見た国会議員がパキスタン情勢で政府に行動を促したとか、政府が対策を練っているという報道は一切ありません。やはり、日本のパキスタン支援は、パキスタン情勢を考慮してではなく、アメリカからの要請を考慮したものにすぎなかったと考えたくなるのです。次に政府が行動を起こすのは、またアメリカから何らかの要請が届いてからになるでしょう。防衛問題のプロである自衛官たちも、仕事が増える方がありがたいと考えたり、憲法上の制約に対する反発から、安全保障上の分析は無視して、単純に海外派遣を支持する傾向にあります。こうした動きは、賢明な防衛政策とは無縁のところにあります。そういう意味では、日本には実質的な防衛の責任者がいないのです。

 先日のテポドン2号に関する防衛省の発表も、私には日本のミサイル防衛のレベルは相当に低いのだろうと推定せざるを得ませんでした。落下地点などの飛行に関する情報の大幅な修正、2006年のテポドン2号を2段式ロケットとする誤った見解などから、基本的な技術の積み重ねが欠如している可能性を指摘しなければならないのです。だから、私は韓国政府の発表に期待を寄せています。これまで韓国政府筋の情報は打ち上げ時期に関する情報は外れが多かったのですが、ロケットの飛行に関する情報は信頼でき、日本人にとっては甚だ残念ながら、日本よりもレベルが高く、信用できると考えられるからです。

 ミサイル防衛はとりわけ機密事項が多く、実態が明らかではありません。しかし、いくら隠しても外に漏れてくるものから、ある程度は実態を推し量ることはできます。日本は秘密にすることばかり考えず、できるだけ情報を公開し、国民との緊張感を維持することでレベルの向上を図るべきです。そうしないと、国民はミサイル防衛の神官たちの言葉を信じるだけで、実際のレベルを知ることができず、いざ有事になった時に、ようやく大きな誤りに気がつくことになるでしょう。パキスタン情勢も同じ問題の範疇にあるわけです。

「Descent into Chaos」と、
タリバンをテーマにしたラシッドの邦訳本2冊。


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