イングランド元上等兵の講演会が中止

2009.8.15



 military.comによれば、アブ・グレイブ刑務所の収容者虐待事件の象徴的な存在である元上等兵リンディ・イングランド(Lynndie England)が米議会図書館で行われる退役軍人のフォーラムで講演することになりましたが、抗議が殺到したために、中止されることになりました。

 イングランド元上等兵はゲーリー・S・ウィンクラー(Gary S. Winkler)が書いた彼女の自伝「"Tortured: Lynndie England, Abu Ghraib and the Photographs That Shocked the World.」について講演する予定でした。しかし、暴力の行使を含む複数の抗議が殺到したため、中止が決定しました。ベトナム戦争の退役兵で議会図書館の収集専門家デイビッド・ムーア(David Moore)が、決定に失望しながらも支持すると述べました。彼はこの事態の責任が「the Small Wars Journal」にあるとしています。このサイトに、別の議会図書館の職員モーリス・デイビス(Morris Davis)が講演会に反対する意見を投稿したのです。彼はグアンタナモベイで軍の検察官を務めたあとで空軍を除隊しました。記事は彼の投稿には19個のコメントがついたと書いています。

 デイビス氏の意見も、ムーア氏の指摘も正当だと、私は考えます。デイビス氏は、もっと高潔な人たちが軍務を務めていながら、出版契約を得ることも、議会図書館に招待されることもないと指摘します。デイビス氏は25年間空軍に勤務しましたが、「水責めは拷問である」という彼の意見を上司が聞き入れなかったので、抗議するために除隊したのです。こうした反骨精神の人物にとって、イングランドの講演会は我慢がならない話に違いありません。一方、イングランドが黙して語らないと、事件がどのようなものであったかが分からず、後世の参考として残すことができないという問題が生まれます。

 13日付の記事で、映画「明日への遺言」の問題点を指摘しましたが、アブ・グレイブ刑務所事件と根は同じです。「都市爆撃は違法なのだから、それを行ったものを死罰に処してなにが悪い、裁判など不要」という意見と、「同時多発テロを行った連中と関係がある可能性がある者を拷問してなにが悪い」という意見は共通しているのです。いずれの考え方にも国際人道法のコンセプトに対する理解がみられません。国際人道法のない戦争は、ルール無用の修羅の世界です。過去の野蛮な戦争を繰り返さないためには、犠牲を払ってでも守るべきものです。

 私はイングランド元上等兵が自伝を出すことに反対はしません。やはり、本人が周囲の圧力を受けない環境で語った情報が、事件の理解に役立つと考えるからです。戦争を理解するには、様々な情報に目を通して、物事の性質や傾向を理解する作業が必要です。それはこの事件でも変わることがありません。事実、デイビス氏の投稿で、この事件の検察官の中にも水責めを拷問とみなさない者がいたことが明らかになりました。事件を少しでも小さく収めるよう、検察官たちに圧力がかけられた事実はないのかが気になるところです。なんであれ、戦争を理解するために役立つ情報は排除すべきではありません。



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