誤りを認めないトニー・ブレア

2010.1.30

 military.comによれば、イギリスのトニー・ブレア元首相(Tony Blair)が英議会で証言し、イラクを攻撃した自身の決断を擁護しました。

 ブレアは6時間の喚問の最後に「私は彼(サダム・フセイン)が怪物だと考えました。我は、彼が地域ではなく、世界を脅したのだと信じました…世界はより安全になったと本当に信じています」と述べました。ブレアが退席する際、傍聴者たちから「あなたは嘘つきだ!」「そして人殺しだ!」とのヤジが飛びました。ブレアは9月11日の攻撃が、完全にサダムの見方を変えたと言いました。記事から他の彼の発言を拾い出してみると…。

「サダムは脅威でした。彼は危険な人物でした。彼は怪物でした。しかし、我々は最善を試みて、尽くしました」


「もし、宗教的狂信主義に影響された人々が30,000人を殺すことができるなら、彼らはやったでしょう」


「その時以降、私の考えはこの問題でまったく危険を冒すことができなかったということです」


「(WMDの脅威に対し、周辺国が自分よりも認識が低いことについて)特にヨーロッパで、私は同じ印象を持ちませんでした」


「この人物(フセイン)がWMD開発を続けているという結論以外に達するのはむずかしかった」


「彼がWMDを持っているのを疑う者を見つけるのはむずかしかったろう」

 あまりに内容がないので、後は省略します。ブレアのやり方では、隣の家に泥棒が入るのを目撃し、捕まえたら隣のご主人だった、といったトラブルすら防げないのは明白です。まして、孫子が言う「国の大事」である戦争について考えることはできません。

 兵学者クラウゼヴィッツが述べたように、戦争は博戯です。戦いを決断する以上、理論だけでなく、確率に根拠を置いた戦略がないと勝負には勝てないものです。対テロ戦争こそ、戦略・戦術の原則に従わないと戦いに勝てないことを教えているのに、ブレアはまだ認めようとしていません。紛争が起きそうになったとき、私が必ず行うのが、倫理や自分の希望を一切無視した客観的な状況分析です。とにかく、戦争がどのように進展するのかを、過去の戦争から推測し、その結論を得てから対策を考えます。つまり、同時多発テロが起きたときにやるべきだったのは、アルカイダを殲滅する方法を詰めの段階まで考えてみることであり、とにかく行動すべきだという発想は避けるべきだったのです。戦争は血も涙もない行為であり、期待している方向には行かないものだという戦例にたち、最良から最悪のシナリオを検討してみることです。対テロ戦に関しては、決定的な勝利の方法は見出せず、あらゆる方面での努力が必要という、ぼんやりとした方策しか描けませんでした。一番まずいのは、勝算が明確に立っていないのに戦端を開くことです。そして、米英はそれをやってしまいました。両政府は正面切っての武力対決を選び、人々はブッシュ大統領とブレア首相が決め手を握っているかのように錯覚し、彼を支持しました。しかし、軍事分析の手法にたてば、そんなものがないことは明白でした。勝算がない以上、戦いはどちらかが行動不能になるまで続き、決着を見ないために、延々と続くと考えるのが軍事の常識です。

 状況がつかめないときは、既存の軍事理論に立ち返って、問題を整理してみることです。それなしに、戦いを続けるのは敗北への道なのです。


Copyright 2006 Akishige Tanaka all rights reserved.