中国漁船衝突事件で混乱する情報

2010.11.11

 まだ全容は不明ながらも、海保の共有フォルダにビデオのデータが放り込まれていたため、全国の海保で見られたという話のようです。

 さもありなん、だから言わんこっちゃない、と思いました。どうせ、いつもやっていたことなのでしょう。

 石垣島の職員が編集が終わったので、他管区用にと、ファイルを全国の海保のネットからアクセスできる共有フォルダに放り込んだと推察します。この時期に共有フォルダを見た職員は、ビデオを見られたのでしょう。あまりにも日常的なことで、ファイルをフォルダに入れた職員も、削除した職員も忘れていたのでしょうか。気がついていたのに言わなかったのなら隠蔽です。捜査では、ここを明らかにすべきです。

 今日になって、この事件に関して、さらにおかしな見解が出ているのに気がつきました。今回は、それらについて書きます。漁船は中国海軍のものだったという説と、船長が中国海軍の大佐だったとする説です。
 
NEWS ポストセブン11月11日 10時5分配信
 「漁船衝突事件 漁船の正体は人民解放軍の作戦行動」

 この記事は宮崎正弘氏によるもので、要点は以下の部分です。

(前略)近海漁業とは異なり、トロール船は魚群を追いかけて遠洋に出る。当然、魚群探査機を積載する。

 これは中国の人民解放軍からすれば「レーダー」だ。中国ではいかなるレーダーも、軍の許可無くしては取り付けられない。とすれば、このトロール船は、軍部の許可を得た船、という結論が出る。導き出される可能性は2つ。

【1】軍のカモフラージュだった。

【2】軍の代理人として出航していた。

 どちらにせよ、これが人民解放軍の作戦行動だったことは明らかだろう。(引用終り)

 軍事を知る人ならば、ここまで読んで首をひねるはずです。

 魚群探査機は水上レーダーではありません。水中の魚をみつけるための装置です。これはソナー(または、ソーナー)と呼ばれます。レーダー(Radar)は「Radio Detection and Ranging」の略で、名の通り探知に「電波」を使います。ソナー(Sonar)は「Sound Navigation and Ranging」の略で、名の通りに探知に「音」を使います。

 総トン数1万トン以上の船に衝突防止用レーダーを義務付け、船舶用GPSと衛星航路誘導装置、魚群探知機を国産化している中国で、レーダーが許可制かどうかは知りませんが、ソナーとレーダーを取り違えている点で、すでにこの記事は間違っています。

 明確には確認できないもの、漏洩したビデオに写っている「閩晋漁5179」のマストには小型レーダーのアンテナらしいものがあります。

 さらに、軍の許可があれば、船にレーダーを取り付けられるのに、どうして「軍のカモフラージュだった」「軍の代理人として出航していた」と結論するのかが理解できません。漁民が正規にレーダー設置の許可を得て漁をしていた可能性だってあるはずです。

 この記事の結論は、以下のとおりです。

漁船を日本領海内に侵入させた場合、日本はどう動くのか。このシミュレーションを行なったのだ。(引用終り)

 シミュレーションは仮想の状況を設定した実働・図上演習を言い、今回のような活動は偵察そのもので、普通はシミュレーションとは言いませんから、表現は不適切です。

 この工作で何が得られるかを考えると、海保がどれくらいで漁船を見つけるかとか、どんな風に追跡するかで、大した情報にはなりません。中国の漁民に海保の活動について聞き取り調査をした方が正確で簡単です。

 産経新聞ワシントン駐在編集特別委員・論説委員の古森義久氏のブログには、中国漁船のセン其雄船長が、中国人民解放軍の海軍大佐だというワシントンでの報道を伝えています。(ブログはこちら

 ワシントンのラジオ放送WMALの「ジョン・バッチェラー・ショー」が9月26日夜の放送で、中国専門家のゴードン・チャン氏が「日本で逮捕され、中国に送還された中国人の漁船船長は実は中国人民解放軍の海軍の大佐だという情報を私は得ています」、この情報は「日本の防衛省筋の二人の情報源から得た」と述べました。

 チャン氏のコメントについて、古森氏は次のように述べています。

 私はこの情報の信憑性を確認することはできませんでした。北京では日本の記者たちがこのセン船長の身元をすでに調べて、本物の漁業関係者だと判断したそうです。(引用終り)

 古森氏と同じく、私もチャン氏の発言を確認できませんが、信用する気はありません。

 常識的に考えると、こういう作戦に大佐では、階級が高すぎると感じます。尉官クラス(少尉〜大尉)が妥当なところでしょう。大佐は現場に出る最高位の階級で、海軍なら大型艦の艦長です。第一、本物の海軍大佐が、偵察任務中に酔っ払って操船していたとは考えられません。

 この事件に関しては、デマがかなりの量で流れています。また、情報を漏洩した海保職員が簡単な刑事処分で終わった場合、右翼勢力が国政選挙に担ぎ出そうとする動きがあると思われます。この事件での民主党政権の判断は明らかに失策です。しかし、それに対する反動が大きすぎれば、危険な政党の誕生を促進することになるかも知れません。日本にはすでにそういう下地が作られていて、いつ爆発してもおかしくないと、私は考えています。



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