ビデオ漏洩は国家公務員法違反か?

2010.11.13

 海保巡視艇に衝突した中国漁船の映像を漏洩した海保職員を逮捕できるかどうかに週末の議論は集中しそうです。しかし、この問題は人によって意見が分かれるところでしょう。前例の少ない問題は法律の専門家でも意見が分かれるものです。

 該当する法律は国家公務員法です。

(秘密を守る義務)
第100条  職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。

 その処罰は次のとおりです。「第100条第1項」は第100条の一番最初に書かれている上記の部分を指します。

第109条 次の各号のいずれかに該当する者は、1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
12.第100条第1項若しくは第2項又は第106条の12第1項の規定に違反して秘密を漏らした者

 1977年の最高裁判決で、第100条の「職務上知ることのできた秘密」の定義がなされており、「実質的に秘密として保護するに値するものをいい、国家機関が形式的に秘密指定をしただけでは足りない」とされます。

 法的に考えると、最高裁判決は大半の秘密情報を機密から外していると言えます。たとえば、現在進行中の外交交渉の内容を公開すると、交渉に支障を与えかねません。よって、これは保護するに値する秘密だと言えます。しかし、政府が特定の国と極めて国益を損なうような、あるいは国際法に抵触するような外交交渉を行っており、それを暴露した場合も秘密の漏洩にあたるのかという疑問が湧きます。これは国民の知る権利に該当しそうです。憲法で規定する外国との条約の順守に明確に違反することなら、秘密として保護するに値しないかも知れません。しかし、外交問題は評価が分かれることが多い問題でもあります。特に国際条約に違反しないながらも、問題のある外交交渉の方が多く存在しそうです。こうした場合、裁判所は「訴訟に馴染まない」として政治介入を避けるために判断を避けるものです。皮肉にも判例は、裁判所がその評価を下すことを定めています。

 これが海上自衛隊のイージス艦に関する書類で、その性能を明らかにするようなものなら、明確に「実質的に秘密として保護するに値する」と言えます。ところが、問題のビデオは外交交渉のために秘密とされたものであり、それによって外交の成果があがるかどうかは不透明です。私見から言えば、このビデオは何の成果も生まない可能性が極めて高いと言えます。以前に述べていますが、中国の意図は尖閣諸島が領海であることを合理化するために、長期間をかけて周辺海域での漁を既成事実化することにあります。よって、海保の取り締まりはすべてが違法であると言いたいわけですから、船長が船をぶつけたところで、それは不当な取り締まりから身を守るための正当防衛に過ぎないことになります。中国政府は日本船がぶつかってきたと説明していますから、それを否定させることはできるものの、領海侵犯を認めるつもりはまったくありません。よって、ビデオを日本政府が公開しても、大した成果にはつながらないのです。逆に言えば、尖閣諸島付近で領海侵犯をする中国漁船を積極的に取り締まることは、中国の長期的な目標を阻止するので、日本の国益に直接つながると言えます。こういう判断を裁判所がするかどうかが問題となるでしょう。

 国家公務員法違反になるかどうかは、以上の事柄がポイントとなるでしょう。では、海保内部の処分はどうなるのでしょうか?。

 鈴木海保長官は10月18日に馬淵国交省の指示で、ビデオの管理を命じたと言います。それ以前はアクセスに問題はなく、該当する海保職員は正規の手続きでビデオを閲覧しました。問題は公開した時点では、海保長官の命令が出ていたことです。明確な命令違反ですから、これは内規により処分があるものと考えられます。

 さらに、情報の持ち出し方が問題になりそうです。海保職員は、私用のUSBを巡視船「うらなみ」の共用パソコンに挿すと、セキュリティに関知されるため、公用のUSBで海保職員に割り当てられた公用のパソコンにデータをコピーし、そこから私用USBで自宅へ持ち出したのです。海保の規則で、職員割当のパソコンに共用パソコンから公用USBでデータを移し替えること、そこから私用USBにコピーすることが内規でどう定められているかが問題になるでしょう。

 以上が公的な問題の処理の予想ですが、問題は他にもあります。

 先に書いたように、ビデオを漏洩した海保職員が退職した場合、国政選挙に担ぎ出そうとする動きが出てくる可能性があります。該当する海保職員は国政選挙に立候補できる年齢ですが、公職選挙法第11条に、禁固刑以上の刑に処せられ、その執行を終わるまでの者、禁固以上の刑に処せられ、その執行を受けることがなくなるまでの者は立候補できないと定めています。つまり、罰金なら立候補には問題がなく、懲役刑なら執行猶予を含めて立候補できないことになります。彼を担ぎ出そうとする勢力は、その点に注目しているはずです。だから、彼らは逮捕に反対します。週末にテレビに出るコメンテーターの顔をよく見て、その発言が純粋に法律上の視点か、国政選挙の視点かをよく判断する必要があります。

 新聞を読んだ海保職員は自筆の声明を出し、弁護士を解任しました。声明はともかくも、この時点での弁護士解任は意味がありません。まだ、逮捕される可能性があり、そうなれば結局、弁護士を再任しなければならないからです。そのために、相談相手を用意しておく必要があります。ところで、この弁護人を誰が呼んだのか、どの記事にも書いてありません。海保が呼ぶとも思えませんし、逮捕されていないのだから当番弁護士でもありません。では、海保職員の家族が呼んだのでしょうか?。この事件は分からないことだらけです。



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