military.comが、再びヘルマンド州サンギン地区(Sangin・kmzファイルはこちら)での海兵隊の戦闘の模様を報じています。ここから戦況を判断できる事柄だけを要約します。
サンギン地区を海兵隊が支配してから4日後の10月14日、アービン・セニセロス伍長勤務上等兵(Lance Corporal Irvin Ceniceros)は、初めて基地から出てパトロールをしたときに、外縁の150フィート(約46m)で武装勢力に撃たれて死亡しました。
10月に第5海兵連隊第3大隊が到着してから、15人が死亡し、約50人が負傷しました。多くはIEDが原因です。
海兵隊はいま、基地の回りで待ち伏せを受ける場所を熟知し、タリバンに直接向ける火力を増すためにパトロールの規模を2倍にしました。木曜日に海兵隊は1時間の銃撃戦で15人の武装勢力を殺しました。市場を通るパトロール隊は空を見るようにしています。タリバンは海兵隊の存在を知らせるために地区のモスクの上に白い凧をあげるのです。タリバンは、「殺しの穴(murder holes)」と呼ばれる、武装勢力が姿をさらさずに射撃できる、頑丈な泥の壁に開けられた小さな穴を使って攻撃するのを好みます。
武装勢力も海兵隊が犠牲者を運ぶのに好んで使うルートを偵察しています。4人の海兵隊員は銃弾を避けるためにセニセロスを裏道を使って基地まで運ばなければなりませんでした。海兵隊は子供たちが近くにいるかどうかも見ています。彼らがいないことは攻撃が差し迫っていることを示しますが、タリバンは子供を偵察員として使うので、これは絶対に確実ではありません。「小さな子供が角を曲がってきて走り去ると、1分後には撃たれています」とアダム・ケリパッカウア3等軍曹(Sgt. Adam Keliipaakaua)は言います。
しかし、待ち伏せの脅威はIEDの前に色あせます。セニセロスが死んだ3日後、デビッド・ノブリット伍長(Cpl. David Noblit)はヒュロド偵察基地(Patrol Base Fulod)の前の通りを渡った植物が生い茂るところにある住宅地の中でIEDを踏みました。彼は生き残りましたが、両足を失いました。大隊は約40回のIED攻撃を受け、爆発前のIED100個以上を発見しました。大隊で最後に死んだ海兵隊員は用水路の水中に埋められたIEEを踏みました。
尖閣諸島のドタバタ劇から離れて、今度は本当の危機について考えることにしましょう。
この記事は、相変わらずヘルマンド州の戦況を伝えており、現在進行中のカンダハル州のそれではありません。いい加減うんざりですが、これもチェックしていかないと、戦況は見えてこないのです。
この記事からは、住民がタリバンの味方で、海兵隊員の動きが読まれていることが分かります。こんな場所には、いればいるほど被害が出るだけです。約1ヶ月で大隊が15人も死んでいるのでは、鎮圧しているとは言えません。
同じ場所に居続けるのは、軍事活動にとって有益ではありません。軍隊は普通、同じルートを繰り返し使わないものです。しかし、どんなに工夫しても、いずれネタ切れになります。結局、いくつもあるルートのどれかを使うことになるわけです。それならば、武装勢力は、それらのルートのすべてIEDを仕掛け、待ち伏せ・狙撃ポイントを設けます。第5海兵連隊は移動に使う用水路も把握され、IEDを仕掛けられています。こういう戦いでは、やられ続けるしかありません。撤退を始めるまで、辛抱するしかないのです。記事のタイトルは、海兵隊が悲劇から教訓を学んでいると言うものの、虚しく響くだけです。
言うまでもないことですが、カンダハル市を制圧しても、同じことが繰り返されます。そのカンダハル戦は一体どうなっているのでしょう?。