「ハート・ロッカー」 観賞のヒント その2

2010.2.24


 徐々に「ハート・ロッカー」の公開日が近づいてきました。今回は別角度からこの作品を考えてみます。

The Hurt Locker

3月6日(土)より、TOHOシネマズ みゆき座、TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国ロードショー!

(c)2008 Hurt Locker, LLC. All Rights Reserved.

 

タイトルについて

 本作の原題は「The Hurt Locker」で、これは辞書にも解説が見当たらない俗語のようです。配給会社の資料には、イラクの兵士が使う言葉で「行きたくない場所/棺桶」を意味すると書いてありますが、renewamerica.comに掲載された原作者マーク・ボールの説明では、「身体や心の痛み」を意味する俗語で、爆弾が爆発するとき「I'm gonna be in the hurt locker.(俺はハート・ロッカーの中に行く)」と人々が言うのを聞いたとのことです。彼はイラクで爆弾処理班(EOD)を取材しているので、その時に耳にしたのでしょう。

 

チェックしたい単語

 シナリオから、興味深い単語をいくつか拾い出してみました。

  • bot 爆弾処理用ロボットのこと。劇中には、TALON社の爆弾処理ロボットが登場します。
  • one-five-five 155ミリ榴弾のこと。IEDの爆薬として頻繁に流用された砲弾です。
  • burn 普通は「焼く」という意味ですが、本作では発砲を意味します。劇中、兵士が「Shoot him!」と言うはずのところで「Burn him!」と言ってます。
  • haji 中東系の人やイスラム教徒などを指す蔑称。本来は、メッカへの巡礼を済ませた人を指す神聖な言葉です。米兵は何にでもこの言葉をくっつけて使います。劇中で繰り返し登場します。
  • nine 陸軍の正式拳銃「ベレッタ M92」のこと。口径が9ミリであることから来ています。主人公が車に乗ったイラク人に銃を突きつけるのを見た兵士が無線で状況をそのままに報告するときのセリフ。「EOD has a nine on the Haji in the car.」
  • imshee 「行け」を意味するアラビア語の英語表記。劇中、「ishmee」と間違った発音をする人が登場しますが、これは演出です。シナリオには「不正確なアラビア語を発音する」とト書きがあるのです。
  • fifty 50口径(12.7ミリ)の重機関銃。ハンヴィーの上部銃座の銃です。本作には別の50口径の銃も登場します。超遠距離狙撃銃バレットです。ガンマニアが泣いて喜びそうです。しかし、EODの映画になぜバレットが登場するのかは、見てのお楽しみです。

 なお、DVD版では、さらに字幕を充実させてもらうために、改善点を伝えてあります。DVDの制作陣が私の話を聞いてくれればいいのですが…。(笑)

 

映像上の問題

 どんな映画でも突っ込みどころのある映像はあるものです。連続するシーンなのに、火がついたタバコの長さが急に変化したといったミスです。当然、本作にも指摘がなされています。たとえば、ロケ地であるヨルダン軍の装甲車が米軍車両として登場します。しかし、こうしたエラー探しは劇映画を考える上では大して意味がありません。考察に値することを取り上げると、エイブラムス戦車が登場していないことがあります。シナリオに、エイブラムス戦車の車列の横をハンヴィーで主人公らが通り過ぎ、そこで戦車の話をするシーンがあるのですが、映像には別の車両が写っています。米陸軍は俳優に爆弾処理方法をレクチャーする協力はしましたが、撮影には協力しなかったので、実物を撮れなかったのです。CGの戦車をはめ込む方法もありますが、制作者は物は違っても実物を撮る方を選んだようです。このシーンのセリフの意味を考えると、エイブラムス戦車が並んでいれば、セリフがさぞ生きただろうと思いますが、このシーンではセリフの意味に注目してください。

 

軍人はどう見たか?

 米陸軍のウェブサイト「army.mil」に掲載された本作の批評を以下に紹介します(該当ページはこちら)。なお、このページには、作品写真に写っているのはジェームズ二等軍曹だと説明していますが、トンプソン三等軍曹の間違いです。


EODの兵士が「ハート・ロッカー」を評する
2009年7月7日

グラフトン・プリッチャート(国防メディア活動)

ワシントン(陸軍ニュース部 2009年7月6日) 兵士たちが多くのシーンが不正確だと言っても、ペースの速い、心臓が止まるかと思うような、爆発のアクションが新作映画「ハート・ロッカー」を満たしています。

 7月10日に国内主要都市で封切られたこの作品は、イラクにいる爆弾処理分遣隊の兵士3人の毎日起きる戦いを追っています。

 メリーランド州アバディーンの試験場にある第20支援司令部のロバート・バソー大尉とEOD隊員2人は、6月24日、ワシントンD.C.で行われたプレミア上映に参加しました。

 マイク・ウェールズ軍曹はプレミアで、極端に表現された作品のプロットを指して、「間違いなくハリウッド映画です」と言いました。ウェールズはEOD分遣隊と共にイラクで7年間勤務しました。

 キャスリン・ビグロー監督はプレミアで「兵士の視点の映画です」と言いました。「映画は2004年、バグダッドの爆弾処理隊がどんな感じだったかを見せます」。

 劇中で、EOD分遣隊は、分別のあるJ・T・サンボーン三等軍曹(アンソニー・マッキー)と内気なオーゥエン・エルドリッジ技術兵(ブライアン・ジェラティ)を派遣の間中、想像を絶する方向へ連れて行く、無鉄砲なウィリアム・ジェームズ二等軍曹(ジェレミー・レナー)に率いられます。

 彼らは自動車爆弾や道路爆弾を解除する一方で、武装勢力の部隊からお互いを守ります。キャラクターは戦いで経験する損失から来る心理的な問題も抱えています。

 「私はこの映画はPTSD寄りに歪曲されがちだと思います。それは確かにありますが、この映画ほど一般的ではありません」とバソーは言いました。

 兵士の描写が不正確であるため、陸軍はこの映画を支援しませんでした。

 「私の中の映画ファンは楽しめる映画だと思いましたが、私の中の兵士は不正確さと不正確な描写に失望しました。」と陸軍公報・西海岸映画のための連絡将校、グレゴリ・ビショップ中佐は言いました。

 陸軍の支持不足にも関わらず、チャーリー・パーキンソン技術兵は作品を楽しんだと言いました。

 「キャラクターが静的なままではなく、作品を通して成長していくように見え、それが作品を面白くしました」とパーキンソンは言いました。「私は他の人に見に行くよう言いたいです」。

 「私が問題だと思うことは、人々がこれを見て、リアルだと考えることです。これはリアルに見えますから。彼らは知識の足りないまま、兵士がほとんど正しい方法で軍服を着ていて、彼らが兵士のように見え、イラクのように見えると考えます」と、ビショップは言いました。

 部隊は英雄的な行為を行いますが、兵士たちは不法な行為にも参加します。あるシーンで、兵士たちは兵舎の中でウイスキーをがぶ飲みし、拳闘を行います。他に、大佐が兵士に捕虜を不法に殺すように命じます。

 「これはあり得ません」とバソーは言いました。「兵士は決してやりません」。

 無鉄砲は兵士には別の主要な問題です。

 「私ならジェームズを解任するところです」とバソーは言いました。「彼はIEDがとてつもなく危険なものだと知らずに、引っかき回して、もてあそんでいました」。

 「私はジェームズ二等軍曹のような人は(戦場で)うまくやれるとは思いません。我々は安全を訓練し、練習するのに多くの時間を費やします」。

 EOD記念財団の事務局長、ジム・オニールは、不正確性はこの作品の重要性を減らさないと言いした。

 「私が話をしたほとんどの人が作品を楽しみ、彼らは確かなEODの映画だと認めました。軍隊の非常に危険なこの分野はエンターテイメント業界で見逃されてきました」とオニールは言いました。「これは映画であり、訓練用フィルムではありません」。

 元EODの技術者ジェームズ・クリフォードはこの映画のアドバイザーで、彼はキャスリン・ビグロー監督に寄付集めのために映画を上映するよう提案しました。オニールは約2,500ドルをEOD財団に寄付した2回の上映をヴァージニア州とフロリダ州で行いました。

 EOD記念財団について知りたければ、www.eodmemorial.orgを訪れてください。


 

兵士の批評に対する私の批評

  賛否評論で、反対意見の方が多いのですが、兵士たちの批評はそれぞれが正しいのです。

 PTSDの描写が多すぎるという批判はある意味で妥当ですが、見方を変えると当たっていません。心身が健康な兵士からすれば、身近にPTSD患者がそれほどいないように感じられるはずです。しかし、帰還兵の4分の1がPTSDという数字が出ています。昨年12月の報道では、PTSD患者が多い第101空挺師団は55人も心理療法士を置いています。PTSDになった元兵士に支払われる給付金の急増も問題です。

 作品が現実そのものと思われると困るという意見も理解はできます。これはあらゆる劇映画が抱える問題でもあります。様々な点で、作品は実際とは違っています。ロケ地はイラクではなくヨルダンですし、登場する兵器類も完全に実際と同じではありません。これらは物理的に無理だったとか、その他の都合でそうなっているわけで、その他に演出のために変更するものもあります。もちろん不注意による間違いもあるでしょう。これらは劇映画は演劇の一形態だとして理解するしかありません。

 兵舎内で酒を飲んではいけない規則については、制作者は承知しています。シナリオにイラクの基地では飲酒が禁じられていると註釈が書かれています。その上で飲酒するシーンを設けたのです。また、大佐が捕虜を殺すよう指示するシーンも、似たような事件なら存在するわけで、これまで何度も事件として立件されています。街中でそれをやるかという問題はありますが、この種の違反事件は実際に起きているのです。知られていない事件があってもおかしくはありません。もちろん、一般の兵士がそれを描写した映像に違和感を憶えるのは当然です。

 ジェームズ軍曹はストーリーを説明するために作り上げられたキャラクターで、一般的なEOD下士官の性格を反映してはいません。「羊たちの沈黙」のハンニバル・レクター博士も、実際には存在しないタイプの殺人鬼だと犯罪心理学の専門家は指摘しています。映画にはしばしば、こうした「存在しそうでいない」人物が登場します。それはストーリーを動かすための設定なのです。「ブラックホーク・ダウン」は、現地にいた特殊部隊隊員が称賛するほどリアルだと言われましたが、この作品は観客の心に深い感銘は与えません。

 兵士たちは、作品全体に表現されたテーマには目が向かなかったようです。よく見れば、この作品には「成功を収める人」が登場しません。誰もがどこか間違っていて、失敗するのです。それがイラク侵攻を象徴するように描かれている点に気がつくべきです。その視点で見たとき、この作品の演出方法は研究の価値があるほど興味深いのです。


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