無能な国家指導者は無用な戦争をもたらす

2010.3.4


 アメリカ人は間違いを認めないことで有名ですが、本当に頭が固いと感じさせられる記事が報じられました。military.comによれば、ブッシュ政権の補佐官だったカール・ローブ(Karl Rove)が、新しい自叙伝でイラク戦の誤りを認めましたが、ブッシュ政権の功績は称賛しました。また、元イラク駐留米軍の最高指揮官だったデビッド・ペトラエス大将(Gen. David Petraeus)が、アフガン戦略は成功しつつあると述べました。どちらの発言も、テロとの戦いが分かっていないとしか思えません。

 カール・ローブは、イラクで大量破壊兵器を見つけることに失敗したことが、ブッシュ政権にダメージを与え、結果として、戦争に対する大衆の支持を減らしたと言いました。ブッシュ大統領が偽りの口実で国を戦争へ導いたという主張に対して反論しなかったことで自分を責めています。彼は、大統領は大量破壊兵器の存在について、大衆を故意にミスリードしなかったと主張します。ローブは2年間のブッシュの在任期間、特にイラク侵攻の決断を好意的に理解するだろうと述べました。彼は、2003年のイラク侵攻はブッシュ政権の最も重大な行為であり、サダム・フセインの関与がなかったとしても、同時多発テロへの正当な反応だと言いました。「4機の航空機が引き起こした大虐殺を見て、ブッシュ大統領は最も強力な武器が世界で最も危険な独裁者の手に落ちるのを防ぐために、あらゆる事を行う決断をしました」とローブは本に書いています。ローブはブッシュを勇敢で断固とした指導者で、オフィスにおける彼の行為は同時多発テロによって永遠に方向付けられたと表現します。彼は、2期にわたるブッシュの功績を「印象的で、永続的で、意義がある」ものとし、批判の多くは政敵が作った嘘だと述べました。ハリケーン・カトリーナに対するブッシュの対応への称賛と、オバマ大統領への批判も書かれていますが、省略します。

 私はイラク侵攻に関してのみ評論します。ローブの意見は戦争という重大な問題を考える上では、あまりにもルーズで、必要なレベルに達していないとしか言えません。孫子が言うように、戦争は国の大事であり、判断を誤ってはいけないのです。同時多発テロを行ったのがアルカイダであることは、捜査当局の調査ですぐに判明していました。攻撃者がアルカイダなら、アルカイダに対して反撃すべきなのに、ブッシュが掲げたのは「テロリストとの世界規模の戦い」であり、これは世界中のテロ組織との戦いを宣言した戦略だったのです。当然、米政府内にはこのための戦略など存在しませんでした。そんな壮大な計画を米政府が実行しようとしたことなどなかったからです。その上、主攻をイラクに限定し、アフガンの作戦は中途半端なままにしました。古来、兵学者は戦力を敵に集中することを提唱してきたのに、ブッシュは見当違いの場所に投入したのです。これが戦略的ミスでなくして何でしょうか。おまけに、当初、ラムズフェルド国防長官はバグダッドまで行くだけの作戦を考え、特殊部隊を中心とした55,000人足らずでの作戦を提案しました。これが、後の治安作戦のために560,000人以上が必要だとする陸軍参謀長エリック・シンセキ大将の反対を招き、陸軍と国防長官は対立したのです。

 いかに頭に来るような攻撃を受けたとしても、冷静でなければ軍の最高指揮官は務まりません。そもそも、イラクに大量破壊兵器を探しに行くという計画は、アーサー王が聖盃を探しに行くとか、始皇帝が不老不死の薬を探すために臣下を派遣した話に等しく、21世紀の現代においては正気とは思えない戯言に過ぎません。結局、大量破壊兵器の話は暗号名「カーブボール」の亡命イラク人が作り出したホラ話でした。軍事で最もやってはいけないのは、脅威を正しく分析・認識せず、間違った手法を用いて戦争を始めることなのです。私が同時多発テロ直後に行ったシミュレーションでは、イラク侵攻という選択肢は、まったく浮かんできませんでした。民間人への犠牲を抑えながら、アフガンでのアルカイダ(タリバンではありません)に的を絞った掃討を行うこと。中東諸国などと連携して、テロ志願者を減らすために、アメリカのイメージを回復すること。これらが戦略の主眼になると考えました。イラク侵攻は不必要な作戦であり、これがテロ殲滅のための貴重な時間を失わせた可能性があるというのが、私のイラク侵攻の結論であり、私は歴史家もこれと同じ評価を下すと信じて疑いません。戦争は冷酷なものであり、我々自身を罠にはめることすらします。常に冷静に状況を分析して、的確な手を打つことが必要です。特に、判断を誤ったと感じたときは、すぐに行動を変える必要があります。こういう歴史の教訓を、アメリカやその他の先進国の指導者たちが理解しないのであれば、これはもう、彼らに世界を指導する資格や能力はないということなのです。

 military.comによれば、デビッド・ペトラエス大将(Gen. David Petraeus)がシャルロッテ国際情勢会議(the World Affairs Council of Charlotte)」が後援する昼食会で、マルジャで武装勢力を掃討する作戦を人々に警告したとき、計算されたリスクを取っていると述べました。ペトラエス大将は、この主要な理由は民間人の被害を減らすことだと述べました。一部の過激派は事前警告と共に逃げたかも知れませんが、彼らは見つけ出されるでしょう、と大将は述べました。ペトラエス大将は。2008年10月に中央軍指揮官になる前、イラクにおける最高指揮官でした。聴衆はイラクとアフガニスタンの戦争について質問し、彼が大統領選に出馬するかどうかも尋ねました。大将は微笑んで、「What about 'No' don't you understand?」という歌を引用しました(訳註 正確には「What part of "no" don't you understand?」のことで、記者が聞き違えたのだと思われます。「ノーと言っているのに、何で分からないの?」の意味です)。ペトラエス大将は、8年間のアフガンでの戦争で、アメリカは最終的に過激組織が再び支配させないようにできる十分な兵士と外交官、組織構造を持っていると言いました。ヘルマンド州南部地域での新しい任務(マルジャ戦のこと)には、12〜18ヶ月かかるという見通しを示しました。彼は、アフガンが再びテロリストの拠点になるのを防がなければならないと言いました。彼は2001年の同時多発テロのための計画の多くがアフガンで行われた点を指摘しました。

 ペトラエス大将の発言を聞いて納得するようでは、この戦争が見えていないのです。もともと、アフガンのような広い国に、テロリストの居場所をなくすという壮大な戦略自体が間違っているのです。戦争の目的はアルカイダを無力化することです。アフガンからテロリストを追い出しても、その目的が果たせないことに注意すべきです。しかも、そのテロリストはタリバンであり、アフガン国民の支持を獲得し、殲滅しがたい状態にあります。タリバンを殲滅したとしても、アルカイダは残ります。いまや、アルカイダはイスラム教が存在する地域なら、どこにでも存在できる状況になっており、アメリカやヨーロッパの手に余る地域に潜在力を強化しつつあります。アフガンで戦うのなら、民衆を味方につけながら、必要最小限の力を投入するだけにすべきでした。しかし、いまやアフガンの民政全体の面倒をみながら戦いを続ける羽目になっています。このために、バグラムに巨大な基地を建設し、そこに莫大な人的・物的資源を投入しています。これではアメリカの体力が切れるので、オバマ大統領が撤退を決めたのです。ペトラエス大将はできないことを「やる」と言っているに過ぎません。そんな人をどうして大統領候補にしたがるのでしょうか?

 私が多くの人たちに理解して欲しいのは、現在行われているテロ戦争は、戦略にかなっていないということです。この戦争が当たり前のことだと思ってもらっては困るのです。先進国の戦争指導の哲学は危機的状況にあり、これを救う人物が登場する必要があるのです。

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