「ハート・ロッカー」が第82回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、編集賞、脚本賞、音響編集賞、録音賞の6冠に輝きました。
脚本賞の受賞には、米陸軍は頭を掻いているかも知れません。劇映画としてのリアリズムを追求した結果、陸軍のフィールドマニュアルとは違う爆弾処理方法が劇中で描かれ、結果として一般に定着したという不安があるためです。実際、日本国内の批評を見ても、どれもが爆弾処理の実態をリアルに表現していると紹介していて、現実と作品の相違を指摘したのは、僭越ながら劇場用パンフレットと、このサイトに掲載した、私のレビューしか確認できていません。皆さん、冒頭から作品の緊張感にすっかりやられてしまったようです。でも、鋭い方なら、クライマックスに登場するIEDに疑問を感じるはずです。ネタバレになるかも知れませんが、このシステムのIEDが実際に使われたという話を私は聞いたことがありません。構造的に効果を生まない可能性が高いシステムで、劇中の解除方法も疑問です。それらは皆さんが劇場で確認してみて下さい。それらを認めた上でも、この作品が非常によく練り込まれており、スリルもあり、感慨深いものなのは否定しようがありません。そこに、この作品の「マジック」があります。そこで、私は脚本賞の受賞は妥当と考えます。
音響編集賞と録音賞は、作品に臨場感をもたらす分野ですが、一般の観客には無意識に認識される分野です。このため、その評価は専門的になり、何度もどんな音が入っているかを確認しないと判断できないようなものです。多分、アカデミー会員は映写室で観賞するほか、サンプルDVDで何度も音響だけを聞き直し、投票する作品を決めているはずです。この作品では、音響は観客に緊張感を与えるために調整されており、綺麗な音を聞かせるのではなく、現場で録音した感じを強調している点が興味深いところです。
編集賞は、この作品が主に4台の16mmカメラを同時に回して大量のフィルムを撮影し、それらから使えるカットを取り出してつなげていった努力を評価したものです。撮影の良否も関係しますが、この編集作業によって作品の雰囲気がまったく変わってしまうことがあります。編集作業の全貌を見ることは不可能なので、投票者は完成品からその実力を推測するわけです。
監督賞は、前からジェームズ・キャメロンよりはキャスリン・ビグローという声が高く、その通りの結果となりました。作品がよくできており、キャメロンは前にも監督賞を受賞している上、女性監督の受賞者がいないことから、女性監督の地位向上に意義を感じるアカデミー会員が多いと考えられるからです。
作品賞は「ハート・ロッカー」と「アバター」の一騎打ちで、より有力なのは「アバター」とみられていました。私もそうかも知れないと思いました。作品全体を評価する賞としては、制作資金を集める能力も含まれ、こうした大作を完成させたこと自体を、この賞で評価するという方法があるからです。昨晩、NHKラジオで、アカデミー賞はテレビ中継するので、視聴率獲得のためにも、分かりやすい「アバター」に注目が集まると言っていた人がいましたが、こうした根拠のない憶測は意味がありません。もちろん、大作だから作品賞をもらえるわけではなく、低予算映画も作品の内容によっては受賞する可能性があります。すべてはバランスなのです。事前投票でどんな作品に絞られるかと、それらを相対的に評価した結果なのです。私は、「ハート・ロッカー」が選ばれた理由は、イラク侵攻や対テロ戦争を正面から扱ったためだと考えます。厳密に言えば、「正面から扱った」というよりは「側面から扱った」というべきかも知れません。主人公ジェームズの役割に解釈がいくつか考えられるからです。これについては、私自身の評価にまだ流動的な部分があり、ビグロー監督に聞かないと分からない部分も残されています。「アバター」が対テロ戦を間接的に批判する内容であることは理解が難しくありません。このため、より正面から扱った「ハート・ロッカー」に軍配があがったと考えます。
「アバター」は3冠にとどまりましたが、それでも新しく導入した技術については、しっかりと評価されています。それに、興行面で十分に評価されているので、この作品はすでにご褒美をもらったといえるでしょう。
最後に「おまけ」を書いておきます。「IMDb」という映画のデータベース・サイトがあります。ここには、映画のセリフ、トリビア、映像上のミス(Goofs)なども掲載されています。投稿をそのまま掲載しているらしいのですが、「Goofs」に関しては誤りも多いので注意が必要です。先日、紹介したハンヴィーのシュノーケルの話も、ここに書かれていたことです(IMDbの本作のページはこちら)。たとえば、「ハート・ロッカー」に登場する、建物や通り、自然の景色などの環境が明らかにヨルダンで、イラクのそれと異なっており、イラク人を演じる俳優もイラク人と著しく異なるアクセントで話し、外観も明らかに違うと書かれています。しかし、この作品でイラク人を演じたのは、ヨルダンに亡命したイラク人俳優たちで、拘束されたイラク人を演じた俳優2人は、実際に米軍に捕虜になったことがあるのが撮影時に明らかになったと、パンフレットに書かれています。だから、俳優のアクセントや外観に大きな問題はないはずです。風景もヨルダンでもイラクに近い場所で撮影していることもあって、かなり似ているはずです。こうした間違い探しは、時として理屈に陥ってしまいます。そもそも、ヨルダン人とイラク人で、そんなにも見た目が違うのか、私には非常に疑問です。
もう一つ「おまけ」を。ジェームズが解体した爆弾の数を「873個」と言うシーンがあります。脚本にはなぜか「173個」と書かれています。最後の最後で変更されたらしいのですが、なぜそうしたのか、私には分かっておりません。(笑)