キルギス共和国の政変に関する記事がワシントン・ポストに掲載されました。この中に、同国のマナス米軍基地に関するロシアの考え方が書かれています。
1年ほど前、ロシアは、現在追放されているクルマンベク・バキエフ元首相(Kurmanbek Bakiyev)を盟友だと考え、彼がモスクワを訪問したとき、20億ドル以上の援助を約束しました。この時、バキエフは米空軍基地を閉鎖する計画を発表しました。これは広く、経済支援の見返りと認識されました。4ヶ月後、ロシアが4億1,500万ドルを払った後で、アメリカは空軍基地の使用料を、最初の使用料の3倍以上にして払いました。バキエフは米空軍基地を閉鎖しないことに同意しました。ロシア当局は、この決定に感謝の意を示しましたが、すぐにクレムリンは騙されて、怒り狂っていたことが明らかになりました。暫定政府の第2位の要人、オムルベク・テケバエフ副代表(Omurbek Tekebayev)は「ロシア人は、基地ではなく、彼(バキエフ)の態度に動揺して、怒っていました」と言いました。11月、ロシアのメディアは、ウラジミール・プーチン首相(Vladimir Putin)が首脳会談で、なぜ米軍基地が閉鎖されないのかと質し、ロシアの金がバキエフ一族によって盗まれたと主張して、バキエフ首相を叱責したと報じました。2月には、モスクワは最初の金が不正使用されたと発表し、残りの17億ドルの支払いを延期しました。記事はこのあと、ロシアがそれまでは見逃してきたバキエフの不正や汚職を批判するようになり、4月の政変へとつながっていく経緯が書かれています。それらには、バキエフが水力発電所を建設するロシアとの取引に中国を引き込もうとしたり、ロシアの空軍基地の使用料を引き上げようとしたり、バキエフ一族がロシアからガソリンを特価で買って空軍基地に売り、年間8,000万ドルの利益を上げているのに腹を立てていたことも含まれています。以上は関連する部分の要約です。
これを読んでも、直ちに臨時政府が米軍基地を閉鎖するようには思えないのですが、その予測を報じている毎日新聞はテケバエフと会見し、「米基地、契約打ち切り示唆…臨時政府副代表」というタイトルの記事を報じています。テケバエフ副代表は「キルギスは年次契約を更新しない権利を持つ」、アメリカは「(失脚した)バキエフ大統領を頼りすぎた」、「キルギス国民や国際社会は、マナス基地のあり方について臨時政府がまとめる見解を注視している」と述べたとしています。一方、air-force-times.comによると、マナス空軍基地は12時間閉鎖された後で再開されており、米空軍は2〜3日間、人員の輸送をクウェートからのルートに切り替えたということです。この記事には、暫定政権代表ローザ・オトンバエワ(Roza Otunbayeva)の発言が掲載されています。それによると、オトンバエワ代表は金曜日に、基地合意は少なくとももうしばらくの間は継続されると述べました。彼女は金曜日に大勢が治療を受けているビシュケク病院を訪問したときに「我々はいま、米軍基地を取り扱う気はまったくありません。我々が優先するのは苦しんだ人々の命です。最優先事項は状況を正常化し、平和と安定を確保することです」と述べました。
ロイター通信と毎日新聞は、キルギス共和国の政変にロシアの主導的な介入があったと考えているようです。それが実際にどの程度だったかは、もっと時間が経たないと分からないでしょう。しかし、反体制派にバキエフを追放してもロシアが武力介入することはないと約束くらいはしたでしょう。そうしないと、反体制派は安心して動くことができません。バキエフに20億ドル以上の経済支援を約束した時、マナス基地の閉鎖をロシアが提案したのか、バキエフが自分で言ったのかを確認したいところです。オトンバエワ代表、テケバエフ副代表いずれの発言も、まだ問題を曖昧にしておきたいという雰囲気が感じられます。テケバエフ副代表の発言は聞き方によっては、契約更新をしないようにも、単なる基本原則を述べているようにも聞こえます。「キルギスは年次契約を更新しない権利を持つ」という発言は、毎日新聞の記者のどういう質問に対する答えだったのかも知る必要があります。記者が聞きたいことばかり質問して、たまたまこういう答えが出た程度では、無理矢理聞き出しただけの話なので、十分な判断はできません。まだ何も決まっていないのか、決定済みでロシアの承認も得ているけども発表しないだけなのか。ロシアがバキエフを見限った理由が空軍基地だけでないことも、状況を見えにくくしています。ロシア空軍基地の賃貸料値上げだけでも、バキエフ追放を呼びかねない問題です。ロシアのバキエフに対する不満が蓄積され、限界線を越えたのが政変の理由なら、マナス空軍基地だけが狙いではないことになります。この辺の詳細はさらに検討する必要があります。
暫定政府にとっては、いまは国内の状況を安定させ、政権を発足させることが重要であり、米軍基地の問題は、現在の契約が有効ということにして、触りたくないのかも知れません。しかし、外国は米軍基地の問題にばかり注目し、早く結論を知りたがっています。アメリカとロシアは「金持ち喧嘩せず」で、表立って争いたくありません。しかし、マナス空軍基地については互いに気になっているはずです。結局、米軍基地の閉鎖は新政権にとっては問題が大きすぎるので、このまま契約を継続し、アメリカとロシアが調整を図るのが円満そうです。アフガンからの撤退が完了次第、マナス基地は閉鎖するとか。これ以上、アメリカが賃貸料を増やして、ロシア軍の基地の賃貸料に影響を与えることはないとか。双方で話し合い、合意が見られれば、基地の使用は続くでしょう。ロシアの不満が、米軍基地がキルギスにあることで、多額の米国資金が流れ込み、ロシアの影響力が弱まることを恐れるのが理由なら、アメリカが配慮することで妥協の余地があります。しかし、米軍がキルギスにいること自体が、自らの軍事プレゼンスを弱めると考えるのなら、妥協はしにくいことになります。 しかし、グルジア共和国のNATO加盟問題と違い、単に補給拠点として駐留する話なのだから、ロシアが米軍基地を閉鎖したがる理由はよく分かりません。
米軍基地の駐留を望まないというキルギス国民の意向もあるでしょうが、マナス空軍基地が永続的に使われるのではない点を考えると、妥協点はあると考えられます。それが普天間基地の問題とは根本的に違う点です。