鳩山総理が普天間の県外移設を断念

2010.5.5


 昨日、鳩山由起夫首相が普天間基地を沖縄県外に移設することを断念したと報じられました。これはmilitary.comでも、日本の首相が海兵隊基地のすべてを沖縄県外に移すのは「不可能」だと言ったと報じられています。

 記事の中身は日本で報じられていることと大差はありません。しかし、海兵隊基地の地理的意義について触れた部分は興味をひきました。

 約2,000人の海兵員がいる飛行場は、海兵隊の太平洋における最大の施設です。米当局者は、沖縄の基地を維持することは、台湾と中国に近く、北朝鮮からあまり離れていないという島の地理的な位置により、地域の安定を維持するのに重要であると言います。(military.com)

 ここには、海兵隊は中国と台湾を含めた極東地域の安定のために都合がよい場所に置いていると書いてあります。北朝鮮の名前がありませんが、当然、これに含まれると解釈すべきです。通常、安全保障の分野で「地域」といえば、複数の国が含まれる地帯を指し、2〜3ヶ国以上をいいます。また、沖縄の海兵隊は近隣諸国だけでなく、タイやフィリピン、オーストラリアとも演習を行い、戦闘のためにイラクやアフガンにも派遣されますから、太平洋地域だけでなく、中東までを範囲としているのは明らかです。もともと、海兵隊は真っ先に戦争に投入される部隊です。そのためか宇宙を舞台とするSF小説・映画にも登場します。映画「アバター」の主人公が元海兵隊員であるのは、こういう海兵隊の特徴を反映しています。

 鳩山総理は、そうした事情を認識したと述べたのでしょう。時事通信の記事は「日本を守る『抑止力』」と、総理の意図を解釈したようですが、記事をよく読むと、もちろん日本の抑止力も含むものの、地域の抑止力についても言っていると感じます。もっとも曖昧な表現は鳩山総理の特徴ですから、日本の抑止力を指しているのかも知れません。

「学べば学ぶほど、沖縄の米軍の存在全体の中での海兵隊の役割を考えたとき、すべて連携している。その中で抑止力が維持できるという思いに至った」。
「当時は(海兵隊の抑止力は)必ずしも沖縄に存在しなければならない理由にはならないと思っていた」

(以上、時事通信。5月4日付)

 問題は海兵隊の戦闘部隊の所在ではなく、海兵隊が利用できる飛行場と補給拠点が台湾や中国、北朝鮮に近い場所にないと、有事の際に、大規模な作戦を展開できないということです。沖縄にいる海兵隊は実はそれほど多くはありません。有事には駐留している部隊が戦地へ向かい、次に米本土から後続の部隊が次々と来援しては、戦地に投入されるという形になります。このためには、兵員や装備、補給物資を一時的に置く場所が必要です。アメリカは、こういう動的な作業を行うためのインフラを沖縄に置いておきたいのです。仮に普天間の部隊がグアムなどに移転したとしても、有事にはすぐに戻ってきて基地を使いたいわけです。

 編成上は沖縄に戦闘部隊として、第3海兵師団、第3海兵遠征旅団、第31海兵隊遠征隊が置かれていますが、全部が常駐しているわけではないのです。たとえば、第3海兵師団のウェブサイトには次のように書かれています。

師団の戦闘主力となるのは二つの歩兵連隊であります。ハワイに駐留する第三海兵連隊と沖縄に駐留する第四海兵連隊であります。このチームはさらに第12海兵砲兵連隊、第三偵察大隊そして水陸両用強襲中隊・軽装甲車偵察中隊・戦闘工兵中隊により構成された戦闘攻撃大隊によって増強されております。

第三海兵師団で珍しいのは、部隊配備プログラム[UDP]を取り入れているというところにあります。UDPとは歩兵大隊、砲兵中隊、軽装甲車・水陸両用車中隊を米国合衆国から沖縄へ半年から七ヶ月交代で入れ替えるといった制度です。

 編成だけ見ると、沖縄には海兵隊がもっと大勢いるように見えますが、沖縄県の主張では12,000人、米軍の主張では18,000人しかいません。上に書かれているように、部隊はUDPによりローテーションで出入りしており、対テロ戦を実施しているためにイラク・アフガンに派遣されることもあるので、実数は始終変わっているのです。

 こういう小規模な部隊の加勢がないと、日本は守れないと鳩山総理が部分的にでも言ったわけですから、自衛隊は頭越しに「役立たず」と言われたことになります。こんな時くらい、自衛官は不満を口にしても構わないでしょう。「日本を防衛する主体は米軍ではなく、我が自衛隊と認識しています」と言うくらいなら、政府批判にはなりません。

 話を戻しますが、前述の海兵隊の目的のためには、すべての部隊をまとめて移設できるのなら、沖縄でなくても、西日本のどこかに適地があるように思えます。自民党の石破茂(防衛長官経験者)がテレビ番組で「なぜ沖縄に海兵隊が要るのか全く理解しないまま、『国外、県外(移設)』と言ってしまったツケが全部回っている(読売新聞。5月4日付)」と発言したのも、私には疑問です。普天間基地は他の海兵隊・海軍施設から離せないとアメリカが言っているのですから、これは永続的に海兵隊が沖縄にいると言うのと同じだからです。

 私には、海兵隊が沖縄にこだわるのは、太平洋戦争で自分たちが奪取した場所だからという、隠れた動機があるように思えます。海兵隊は陸軍と違って、完全に国外で活動する部隊です。もとは海軍の小規模な警備隊でしたが、太平洋戦争で拡大され、その地位を確立しました。日本が降伏を受け入れたので、海兵隊は本土では戦闘を行いませんでした。彼らが行き着いたのが沖縄であり、最後の獲得物だったわけです。陸軍と比べると規模が小さいこともあり、海兵隊は縮小されないように自らの地位に気を配っています。陸軍よりも結束力が強く、それは彼らの行動原理にも現れています。海兵隊は議会とも特別なつながりを持つ組織で、存在意味を議会に納得させるために、常に戦果を重視します。悪く言うと、海兵隊は小さく内向きにまとまっている組織です。そういう組織にとって、沖縄は駐留すれば隊員の教育にも役立ちます。「お前たちの先輩が血を流して勝ち取った場所だ」と新兵に精神を叩き込むのに最適だからです。さらに、想定される有事にも駆けつけやすいという利点があります。すでに建設済みのインフラがたっぷりとあります。両方が相まって、すでに沖縄から出にくい状況ができあがっているわけです。石破氏は鳩山総理を批判する前に、こういう状況にならないように、与党であった自民党がどれだけ活動してきたかを示す必要があります。米軍を受け入れながらも、時期が来たら、さっと引き揚げてもらえるような態勢を作るよう、かつての与党が努力してきたと聞いたことがありません。いつもアメリカの言うとおりにしてきたから、現状があるのではないでしょうか。

 今回のことが浮き彫りにした日米の政治環境の違いは、アメリカは政治家が軍事をよく理解して行動しているのに対して、日本の政治家は与野党共にそうではないことです。これまで、軍事問題を政治家が扱うのは、むしろマイナスとされ、真面目に研究されてこなかったのです。このため、政治指導者は軍事問題を客観的に考えることができずにいるのです。普天間の移転地が5月までに見つからないことは、軍事常識と一般常識で考えれば、容易に理解できたことです。徳之島は遠すぎますし、比較的少ない爆弾で破壊できて、修復が困難な「くい打ち桟橋方式」を海兵隊が認めないことは明白です。現地から反対意見が噴出することは一般常識で判断できます。5月末までと期限を切ったのは、総理がやる気を示すためでしたが、グアムの受け入れ態勢が整っておらず、期日はさらに延ばせる余地があったことに気がついて欲しかったと思います。

 「瓢箪から駒」というか、「犬も歩けば棒にあたる」というべきか、社民党の福島瑞穂代表が、テニアン島を訪問した結果、現地で海兵隊誘致の気運が高まったことは意外な展開でした。グアム島ですら、海兵隊を受け入れるにはインフラが不足し、大規模な工事を必要としています。テニアン島に海兵隊を誘致するのはもっと大変です。しかし、現地が動き出すと、安全保障政策ですら変更されることがあるのです。たとえば、米海軍が数隻予定していた艦船の建造を打ち切る決定をすると、造船所がある地元の議員が海軍と交渉を始めます。「いま、建造を打ち切られると失業者が大量に出て困る」といった話し合いをするのです。すると、海軍は「あと1隻だけ発注しますから、完成までに失業対策をお願いします」と妥協してみせるのです。テニアン島への誘致は難しいと思いますが、このようにまったく見込みのないところに風が吹くこともあるのは憶えておいてよいでしょう。

 今回の展開は残念ですが、これまで自民党政権がアメリカの言うなりに決めてきた問題に、初めて反論したことは、私は歴史的転換点として記憶すべきだと考えています。これまで、自民党の対米追随と、野党の現実離れした対案を繰り返し聞かされてきた世代としては、政権交代が可能な政治環境で、与党がアメリカに自らの意志を伝え、交渉できる時代になったことは、日本の政治にとって一つの前進だと考えざるを得ません。これまで極論噴出だった、出口のない日本の政治が、より現実的な方向へ舵を切ったのです。将来、自民党が政権をとっても、以前のような対米追随に戻れば、選挙で国民に復讐されるでしょう。こういう変化は祝福すべきだと考えるのです。同時に、国民も何が本当の政治論かを見極める知恵をつける必要があります。

 強いて言えば、こんな展開を真面目にやろうとする総理大臣は鳩山氏以外にはおらず、結果は最悪としても評価できると、私は考えます。いま、鳩山総理を支持するかと問われれば、あえて「はい」と答えます。ここまで愚直に国民の利益を考えて動いた総理は自民党にはいませんでした。たとえば、麻生太郎氏にはまったく無理でしょう。


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