産経新聞が自衛隊再派遣を主張

2010.8.30

 28日付けの産経新聞の「土・日曜日に書く」の特集で「自衛隊再派遣を決断する時」という論説委員・鳥海美朗氏(とりうみ よしろう)の記事が掲載されました。

 ウェブ版の記事は短期間で掲載されなくなるので、早めに記事の内容を確認してください。

 鳥海氏がどんな人かは私は知りません。しかし、彼の意見は軍事常識や現状を理解していないと考えざるを得ませんでした。以下に、その理由を書きます。

 冒頭で「8月、米軍が大きく動いた。」と書き、次にイラク駐留米軍が5万人を切ったことを説明していますが、撤退は着々と進められてきて、今月5万人を切っただけの話で、急に大きく変化したのではありません。また、5万人という数字に特別な意味があるのではなく、戦闘活動の終了が宣言されたことが重要なのです。今後は特別に治安が悪化しない限り、イラク軍・警察が治安を担い、米軍は活動しません。

 「大きく動いた」と表現したのは、読者の心をつかむためなのでしょうが、これは読者に作られた脅威を押しつけるだけです。この部分の説明の最後に、鳥海氏は「尊い犠牲を払った『イラクの自由作戦』の終了である。」と書いていますが、実際には作戦はまだ継続中で、米政府は作戦終了を宣言していません。28付けのmilitary.comによると、オバマ大統領はラジオ演説で「戦争は終わりつつあります」「来年の末までに、我が軍は帰国するでしょう」と述べています。鳥海氏の認識が不正確なのは説明を要しません。

 続いて鳥海氏は「イラクから東へ、イランのさらにむこうにあるアフガニスタンでは全く逆の動きが展開された。」「イラクからは「責任ある撤退」をし、兵力をアフガンでのテロ掃討という「必要な戦争」に振り分ける。これがオバマ米大統領の戦略だが、同盟国による広範な支援が欠かせない。」と書きます。これも完全な認識の誤りです。アフガンではイラクと極めて似た軍事作戦が追随したのです。そして、アフガンからも撤退しようとする強い意志がオバマ政権から継続的に発信されています。

 こうした誤った現状認識に基づいて、鳥海氏は民政支援をする民間人を保護するために、自衛隊を派遣すべきだと説きます。具体的な理由として「治安の悪化はこうした復興支援の最大の障害である。一度承認された計画でも、状況によって計画が変更されたり中止となったりすることが少なくないという。」「首都圏開発計画には常時最大40人の専門家が派遣されているが、事務所や住まいは有刺鉄線が張られた高い壁に囲まれている。武装した警備員に付き添われ、防弾車で移動する日常だ。」などをあげています。

 しかし、自衛隊を派遣して警備を担わせても、民間職員に自衛官が付き添う必要がなくなるとか、有刺鉄線を撤去できるとか、防弾車がなくても移動できるようになるのではありません。つまり、民間職員の警護は、民間軍事会社の警備員から自衛官に切り替えても、実態は何ら変わらないのです。

 あえて鳥海氏がこう書いたからには、何か特別な効果を期待してのことと裏読みすると、自衛隊に民間軍事会社がやる以上の治安確保を期待していると考えざるを得ません。すると、民間職員の車列を警護するだけでなく、地域の情報収集や事前に危険を摘み取るような活動までやらせようとしているのではないかと思えてきます。テロを防ぐには、近辺に兵役が可能な年齢の男性がいないことが重要になります。そうした者を徹底的に捕らえて、拘束すると同時に尋問を行い、仲間を芋づる式に捕まえることで、民間職員が防弾車なしに移動できる環境が整います。これはアメリカがイラク侵攻直後に、実際にやって失敗した手法です。また、以前にここで紹介したように、アフガンで活動する民間軍事会社が、無許可で夜間に施設外でパトロール活動を行ったと発覚したことがありました。このように、軍隊やそれに準じる組織は常に動き回り、近辺に敵がいないかを探ろうとするものです。野営基地を設ければ、その外郭にタコツボを掘り、兵士を2名配置します。その兵士は敵が接近したら発砲し、全力で基地まで逃げ帰るのが任務です。それによって、敵の接近と方向を味方に知らせ、迎撃の準備のための貴重な時間を作るのです。このように、敵地に基地を設ければ、軍隊は基地の中だけで活動するようなことにはなりません。必ず、その外側に勢力を伸ばそうとします。こうした活動の結果、コラテラルダメージ(付帯的被害)により、現地人に少なくない犠牲が生じます。それに対する対策については、論説中、一言も触れられていません。

 しかし、鳥海氏がこのようなことまで想定しているとは考えられません。単に知らないだけなのだろうと、私は想像します。

 さらに、民政支援活動が今後、半ば永続的に続くことも鳥海氏は理解していないと、私は考えます。つまり、ずっと自衛隊がイラクやアフガンで民政活動を警護していくことになります。終わりをまったく予測できない長期間、武装組織を海外に派遣し続けるという軍事的判断は、そもそもが成り立たないものなのです。そうした選択をした国家は、必ず敗北を見ています。

 さらに、悪意をもって解釈するなら、この論説は自衛隊に武装勢力との戦闘を行わせることで既成事実を作り、自衛隊に課せられた制約を撤廃することを狙っているようにも見えます。民間職員を警護する自衛官をアルカイダやタリバンが襲撃すれば、自衛官の生命の保護を理由に、あらゆる戦闘活動を可能にするように憲法が改正しろという世論が沸き立つかも知れません。それがどれほど危険なことなのかを、鳥海氏が理解しているのかが知りたいところです。自衛隊を普通の軍隊と同じにすれば、あとは米軍と一緒に世界のどこかへ出かけていき、銃弾をばらまくような時代がやってくるだけです。しかし、このことは保守勢力の一部において、長いこと、悲願とされてきたことなのです。

 なにより、各国がイラクとアフガンから兵を引き揚げようとしている時、自衛隊の再派遣という主張をするセンスが、私には理解ができません。

 鳥海氏は「政府の決断の時である。」としめくくっていますが、私は鳥海氏が軍事を勉強するときが来たのだと思います。


 

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