尖閣諸島沖の漁船衝突事件は、最悪のタイミングでの容疑者釈放という、予想できない方向に展開し、さらに悪化しているように見えます。
この事件を考えるには、2001年4月1日に起きた海南島事件を参考にすべきです。
海南島事件は、海南島東南110kmの公海上で、米海軍の電子偵察機「EP-3E」に中国海軍の戦闘機「J-8II」が空中衝突したものです。
中国軍の無線を傍受中のEP-3Eに接近したJ-8IIがEP-3Eに衝突して墜落。J-8IIのパイロットが行方不明になりました。EP-3Eも損傷し、海南島に緊急着陸しました。威嚇のために接近しすぎたJ-8IIが操縦を誤ったのが原因でした。しかし、中国はEP-3Eが意図的に衝突したという暴論を展開しました。コリン・パウエル国務長官が、困惑しながらも、中国に謝罪してみせました。乗員と機体を無事に返還させるためでした。記憶が定かではありませんが、この時も中国は、公海上を中国の領海と主張し、その上空は領空内だと強弁したはずです。(これほ後で確認します)
この事件を知っていれば、中国との交渉すら始まらない段階で、漁船船長を釈放するような失敗はしなかったでしょう。こういう場合、中国が過大な権利を主張するものだと分かっていれば、この段階で漁船船長を釈放しても、中国が納得しないことが理解できたはずです。那覇地検も、政権からの圧力で、腹立ちまぎれに漁船船長を釈放し、最悪の事態を招いたとすれば、万死に値します。
代表選挙のあとは挙党一致のはずの民主党でしたが、菅総理は中国に太いパイプを持つ小沢一郎氏の協力を得ようとはしませんでした。かつて自分が追求した相手には、そんなことはできないのでしょう。中国と人脈のない菅政権が、独力で早急に解決しようとして失敗したのではないかと思われます。
中国は賠償金は諦めても、謝罪は諦めないかもしれません。謝罪と引き換えに、逮捕中の日本人4人を返す計算と見るべきです。容疑者を先に釈放してしまった日本政府は、すでに妥協している手前、賠償金や謝罪を拒絶することしかできません。もちろん、こうした要求に応じる必要はありませんが、然るべき政府の人間を双方が出して、事態を沈静化させる方向で話し合うためには、何かの材料が必要であり、双方が硬化するような策は避けるべきです。たとえば、今回の事件で日中関係が悪化したことは遺憾だというコメントだけでも、効果を生むかも知れません。
この事件には、様々な意見が出されていますが、感情論は避けるべきです。我々が知るべきなのは、なぜ中国がこの種の事件で、常に同じ反応を示すのかです。それが分かれば、対応も分かろうというものです。
おそらく、中国政府の反応は、この国の成り立ちにあります。国内メディアは中国のインターネット上の意見を盛んに紹介していますが、これらは一部の人たちが利用できるだけで、中国の大衆はまったく別の考えを持っています。中国政府は世論を気にする必要はなく、ネット上の意見は無視して構いません。
少し前まで、この国は軍閥の国でした。広大な国土に、そうした軍閥が散在していました。それらが闘争の果てに共産党軍が支配する世界になったのです。植民地時代には、列強にいいようにされたという歴史的背景もあります。だから、この種の問題では、過大な権利を主張しようが、それはかつての支配に対する賠償のようなものという感覚が、中国に蔓延しているのだと考えられます。こうした中国政府の性質は、この事件の解決を考える上で、要点となるはずです。
今日になって、政府が壊れた巡視艇の修理費を中国政府に求めるという声明を出して驚かされました。私人がやったことを政府に請求するなんて、できそうにないことです。中国政府は「日本人観光客が中国国内で物損事故を起こしたから、日本政府は弁償してくれ」と言い出すでしょう。また、漁船船長には支払い能力がないでしょうから、そこで話が終わるでしょう。向こうが無茶を言うなら、こちらも無茶を言えというチキンレースで問題が解決するとは思えません。
民主党の議員12人が連名で、自衛隊の常駐を主張しました。これも無意味です。1970年代に中国は尖閣諸島を領土だと言い出しましたが、実力で占領しようとはしていません。つまり、中国は交渉の余地があると考えているのです。そこに日本が自衛隊を常駐させれば、中国も海軍を出す必要が生じ、問題は一気に先鋭化します。