ミスラタ港は反政府派が確保中
military.comによれば、リビアのカダフィ大佐がトリポリ市内に現れ、拳を突き上げました。この記事から戦況に関する部分を抽出しました。
ミスラタの反政府派の位置へカダフィ軍は数時間にわたって大量のロケット砲を撃ち込み、少なくとも13人を殺しました。攻撃の主要な目標は、反政府派の唯一のライフラインであるミスラタ港でした。
木曜日に、いくつもの大きな爆発音がトリポリであり、黒煙の柱が街の南東部から上がり、対空砲の発砲音が続いたと住民が言いました。リビア国営テレビは民間人に犠牲者が出たと言いましたが、確認されていません。
3週間の国際社会による空爆はカダフィ軍を一掃しませんでした。
カダフィ軍は反政府軍が部分的に支配するミスラタに3時間、激しい砲撃を行いました。ミスラタは唯一のライフラインで、報復を恐れて匿名を希望した目撃者は、政府軍が戦車砲と大量のグラードミサイルを発射したと言いました。「彼らは地上部隊を派遣して、街に侵攻するために地域を平らにしたいのです」と、ファーストネームがアイマン(Ayman)という医師は言いました。彼は、165人の重傷者をチュニジアへ避難させるために、「国境なき医師団」が派遣した船が木曜日の朝にミスラタ港に到着することになっていたと言いました。彼は政府が人道的支援を妨害するために港を砲撃したと考えていました。
懲罰を恐れて名前をカリド(Khaled)とだけいった、もう1人のミスラタの医師は、殺された者たちの多くは砲撃が始まったときに屋内で寝ていたと言いました。75歳と80歳の男性2人が死者の中にいました。
カダフィ軍はミスラタ郊外の幹線道路を支配しています。
NATO軍は過去24時間に153回出撃し、トリポリ地域の掩蔽壕13ヶ所、戦車1両、装甲兵員輸送車1両と、ブレガ地域の他連装ロケットランチャー3両を攻撃したと言いました。
ジャーナリストはトリポリのファータ大学(Fateh University)に連れて行かれ、今朝の空爆の結果だという損害をみせられました。学生のカフェテリア2棟を含むいくつかの建物の窓が粉砕され、ガラスの破片が床に散らばっていました。屋根形天井のタイルがいくつもの講堂で床に落ちていました。ジャーナリストに同行した政府の世話人は、攻撃が近くの軍事目標に命中し、白煙がキャンパスから数百ヤード離れた一群の木から立ち上ったと言いました。世話人は目標の場所に誰かが近づくのを許しませんでした。しかし、屋根から垣間見るのに成功した1人のジャーナリストは、彼女がその場所に対空砲の隊列を見たと言いました。あとで撮影された写真には、その地域に大量の軍用トラックを示しました。
あるトリポリの住民は、多くの人たちは金曜日、1986年のアメリカによるトリポリ空襲の記念日に、大規模な反カダフィ抗議運動に向けて断食中でだと言いました。リビアでの生活は、物価の高騰、ガソリン不足、パン屋の前の長い行列により、厳しくなっていると、懲罰を恐れて匿名を希望した住民は言いました。
リビアで最高位のイスラム聖職者、アル・サデク・アル・ガリアニ(Al-Sadek al-Ghariani)は、フェイスブックに投降したビデオ映像で、金曜日の抗議に参加するのは宗教的な義務だと言いました。金曜日、彼は反カダフィ抗議者たちに2つのファトワ(宗教令)を出し、姿を隠しました。カダフィ軍は彼を捜そうとしているようです。
反政府派が支配する東部に行く主要な出入口のアダビヤ(Ajdabiya)の西端では、負傷した反政府軍兵士2人が通過し、反政府軍はブレガ(Brega)の方向にロケット砲を撃って報復していました。
リビア西部では、反政府派がナルト(Nalut)から60kmにある小さな軍事基地を攻撃し、チュニジアからの支援物資を阻止し、国から逃げようとする人たちを攻撃しようとした40人の兵士を追い払いました。報復のためか、政府軍はティクト(Tikut)を砲撃しました。
反政府派の参謀長アブデル・ファタ・ユネス(Abdel-Fatah Younes)は、反政府派が新しい対戦車兵器をカタールから受け取り、同国の専門家が使い方を訓練していると言いました。
先にミスラタ港の確保は必須であると言いましたが、やはり反政府派はここを死守しているようです。
しかし、ロケット攻撃を3時間も続けられるということは、カダフィ軍の砲がかなり生き残っているということです。戦車や装甲車は、対戦車兵器があれば対処できますが、砲兵は遠距離から撃ってきます。これらはNATO軍が破壊しなければなりません。市民に被害を及ぼすのは、実は戦車よりも砲兵なのです。
大学の近くに部隊を置いているのは、NATO軍が空爆を避けると見込んでのことでしょう。大学校内に被害が出ているとしても、それはNATO軍の空爆で吹き飛んだ物が落下したのか、カダフィ軍の対空機銃の銃弾が落下したものかは判然としません。
どうも、NATO軍は市街地に近い場所でカダフィ軍を探し、攻撃しているようです。砲兵部隊はもっと遠方にいるはずです。そこを捜索すべきだと思われます。戦車は敵が見える位置に移動しなければなりませんが、砲兵は数十kmの射程内なら、どこからでも攻撃ができ、発射後はすぐに移動できます。捜索範囲も広くなり、砲兵は見つけにくいのです。それでも、何とかしなければならない相手です。
西部で反政府軍の活動が確認されたのは喜ばしいことです。ナルト(kmzファイルはこちら)の位置は沿岸から150kmと、かなり内陸部です。現地の勢力なのか、あるいはザウィヤから内陸部へ逃れた人たちなのかは不明です。
ガリアニ師のファトワは強力な味方です。これで、反カダフィに転じる人も増えるはずです。
様々な努力が行われていることは分かりますが、全体として、まだまとまっておらず、力になっていないという感じがします。国連決議がカダフィ追放を明記しなかったことが原因との見方があり、再議決という話もあるようです。やはり、目的が絞られていない軍事行動は、このように足踏みを繰り返すことになるのです。
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