ミスラタ撤退は士気崩壊か?

2011.4.26


 military.comによれば、米軍は依然としてNATO軍のリビア空爆で目標の選定を援助しています。

 「すべての(参加)国が関与しています」NATO軍広報官、リジヤン・ドチェスニウ中佐(Lt. Col. Rejean Duchesneau)は言いました。「4から5ヶ国がテーブルを囲んでいます。これは合同の仕事です」。

 4月24日夜間に行われたNATO軍のリビア攻撃に、ムアマール・カダフィ大佐(Col. Muammar Gadhafi)の住居を含む、トリポリの施設へプレデターが攻撃を行いました。ドチェスニウ中佐は施設には住居が含まれることを認めましたが、目標は指揮統制センターだったと言いました。「私は目標リストの上の写真を見ました。家屋は(標的から)200m離れていました。それは危険な範囲にはありませんでした」と、ドチェスニウ中佐はカダフィ大佐が標的ではなかったと示唆しました。「これは政権交代の問題ではありません」。

 NATO軍がリビア作戦の指揮権を受けて以来、3,700回以上の出撃があり、1,550回は目標への攻撃でした。船の目的地と積荷をチェックするために、停戦と臨検を含む支援任務で、19隻の艦船が地中海にあります。

 military.comの別の記事によると、カダフィ大佐の住居「バブ・アル・アジジヤ(Bab al-Aziziyah・kmzファイルはこちら)」への空爆は、多層の図書館と事務所を破壊し、高官用の客殿を大破させました。現場の当局者は、4人が軽傷を負ったと言いました。

 月曜日の攻撃は、カダフィ軍のミスラタ(Misrata)への、週末に少なくとも32人を殺し、多数を負傷させた砲弾とロケットの集中砲火のあとに来ました。

 カダフィに対する空爆作戦の初期、巡航ミサイルは先月、バブ・アル・アジジヤの管理棟を破壊し、3階の建物の半分を倒壊させました。施設はアメリカが米兵2人が殺されたベルリンのディスコ爆破にリビアが関与したとしたあと、1986年4月の米国による爆撃の標的にもなりました。

 少なくとも2発のミサイルが月曜日にバブ・アル・アジジヤを攻撃し、爆発音は数マイル先で聞こえました。警備員がカダフィ大佐の図書館と事務所だったという多層の建物は、捻れた金属と壊れたコンクリート板に変わりました。大勢のカダフィ支持者が残骸の上に上り、リビアの緑の旗を掲げ、指導者の名前を叫びました。カダフィ大佐が高官の訪問を受ける建物は大破していました。主要なドアは壊れ、ガラスの破片が地面に散らばり、額縁は落ちていました。

 ミスラタでは、先週後半に反政府派は政府の狙撃手を高層の建物から追い出しました。日曜日には、市内中心部の最後の拠点だった病院を支配したと、報復を恐れてアブデル・サラム(Abdel Salam)と、ファストネームだけを名乗った住民が言いました。日々を通して、カダフィ軍は70発以上のロケット弾を発射したと、彼は言いました。「いま、カダフィ軍はミスラタ郊外にいて、ロケットランチャーを使っています」と住民は言いました。37歳の反政府派、ルトフィ(Lutfi)は、病院とその周辺にいる300〜400人のカダフィ軍の兵士が住民の中に隠れようとしていると言いました。匿名を希望するルトフィは「彼らは逃げようとしています」「彼らは民間人の振りをしています。彼らはスポーツウェアを着ています」と言いました。

 脚を負傷して捕らえられたカダフィ軍の兵士、アリ・ミスバー(Ali Misbah)は、小さな診療所の一つ、アル・ヒクメ病院(Al Hikmeh Hospital)の駐車場にあるテントで警備員の支配下にありました。25歳のミスバーは、カダフィ軍の士気は低いと言いました。「最近、我々の気力は崩壊し、我々の前にあった軍隊は逃げ、我々を置き去りにしました」。ミスバーは、彼と彼の戦友は、カダフィに対して武器を取った普通のリビア人ではない、アルカイダの戦士と戦っていたと言いました。「彼らは我々を欺きました」と、ミスバーは政府について言いました。

 リビア政府の広報官、ムーサ・イブラヒム(Moussa Ibrahim)は、軍隊が反政府派の攻撃に対応していて、ミスラタは大半が政府の支配下にあると言いました。

 反政府派は日曜日に、部族がカダフィに味方して、軍隊は自発的に再配置されたという政府の主張を否定しました。「それは撤退ではなく、彼らがプロパガンダに変えようとした敗北です」と、ミスラタ医療委員長のアブデル・バシスト・アブ・ミズリグ医師(Dr. Abdel-Basit Abu Mziri)は言いました。「彼らは街を包囲していましたが、去らなければなりませんでした」。


 米軍が標的の選定に関わっているのは特に疑問ではありません。無人偵察機を提供し、偵察結果について一番よく分かっているのは米軍ですから、標的の選定で意見を述べたくなるのは当然です。しかし、いまは反政府派と共同で標的を選択することこそ必要です。反政府派の目から見て最優先したい標的を先に攻撃して、彼らの前進を促進するのです。4〜5ヶ国の参加国の中に反政府派を加えるべきです。必要なら、ビデオ会議のシステムを反政府派に提供し、会議に加えることです。もちろん、無人偵察機は反政府派には見えない敵も探し出せますから、それらも無視することはできません。たとえば、私が予測したとおり、プレデターはカダフィ軍のロケットランチャーを空爆しました。これはプレデターが偵察して発見したものでしょう。両方の視線を戦いに生かすべきです。

 カダフィの住居に対する攻撃では、大佐が死んだかどうかよりも、爆撃した建物が政府側が言うとおりに図書館、事務所、客殿だったのか、NATO軍が言うとおりに指揮統制センターだったのかということです。バブ・アル・アジジヤはトリポリ市内にあり、すでに市街地を攻撃しないという交戦規定は崩れています。そんな中で、民間人への犠牲を防ぎながら戦果をあげる段階に来ています。このことは、イラクとアフガニスタンでの誤爆がどんな障害になったかを考えれば、重要度が分かるというものです。記者が見た現場は指揮統制センターらしくはなく、戦果には疑問もあります。しかし、群衆が動員されていたことから、何らかのトリックが用いられた可能性も感じます。

 捕虜のミスバーの証言から、パニックに近い敗走がカダフィ軍に起きた可能性があります。兵士が民間人の中に逃げ込むのは、急速に戦線が崩壊し、組織だった撤退ができなかった場合に見られます。士気が低下したというミスバーの証言は重要です。カダフィ軍が内部崩壊してくれることが、反政府派にとって最良だからです。次なる疑問は、士気崩壊を生じさせたものは何かです。中央からの指示が不適切だとか、補給が届かないとか、先行きに不安を感じるような理由があったはずです。

 敗走した部隊は郊外で再編成され、戦線を再構築しようとしているはずです。反政府派は、その戦線を後退させる戦いを始めなければなりません。

 ミスラタがほぼ陥落したことで、この内乱は反政府派に大きな前進を見ました。これが東部での政府軍の活動を止めさせるようなら、トリポリ侵攻に力を集中できる反政府派は極度に有利になります。同時に、鎮圧された西部リビアで再び反攻を開始すれば、作戦は有利に展開するでしょう。反政府派はすぐに前進しすぎないことです。NATO軍が戦車や砲兵を十分に空爆し、支援火力を奪うのが先決です。


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