弾道ミサイル対策について民主党に提言

2012.4.23


 北朝鮮のテポドン2号打ち上げに対する民主党の対策について、意見をまとめて民主党ホームページを経由して送信しました。以下はその全文です。

 

北朝鮮のテポドン2号に対する民主党政権の対応に関する所見

2012年4月23日
田中昭成(たなかあきしげ)

 今年の北朝鮮によるテポドン2号打ち上げに関して民主党がとった対策について意見を述べさせて頂きます。その内容は全般的には批判に満ちた論評ですが、国を憂う者から政権党への応援歌という真意をお酌み取りの上、今後の防衛政策に生かして頂くようお願いします。また、この論評は「国民へのロケット発射の通知が遅れた」という野党などの批判、田中直樹防衛大臣の資質問題とはまったく異なることも予め申し上げておきます。

これまでの民主党の防衛政策と課題

 防衛政策に関しては、民主党が政権交代を果たした意味がまったく感じられません。なぜなら、民主党の防衛政策は自民党政権の防衛政策のデッドコピーに過ぎず、独自性がまったくないからです。弾道ミサイル対策だけでなく、海兵隊普天間基地の移転問題、自衛隊の海外派遣、防衛大臣の椅子を派閥のバランスを取るために利用するところまで、何もかもが自民党のやり方そのままです。もう何年もすれば、民主党議員の中に防衛産業と癒着する者が出てきて、民主党自身が防衛利権の虜となり、自民党の防衛政策を一層踏襲する恐れが増すと考えなければなりません。そうなれば、政権交代の意義はますます無意味なものへとなっていくでしょう。

 いま、第2次世界大戦を体験した人たちが世を去る時代を迎え、戦争を知らない世代が防衛政策を担う時代となっています。「戦争を知らない子供たち」がどうやって平和を守っていくかと考える時、客観的、科学的な思考方法で軍事問題を捉え、的確に対応していくことこそ、平和を守っていく唯一の方法であることに気がつきます。ところが戦後、政治の世界では防衛問題は票にならない分野とされ、専門的な知識をもった政治家が育って来なかったために、派閥のバランスを取るためのポストと認識されてきました。私は過去の防衛長官、防衛大臣の中に適材と思える人を誰も見出すことができません。

 過去の政権党はすべて、お飾りの防衛大臣を据え、アメリカの要請で自衛隊を動かすことで満足してきたと言えます。しかし、米軍の実力を知れば知るほど、憲法を改正して自衛隊をミニ米軍のようなものに成長させ、こうした巨大な組織と一緒に行動させることは、日本を疲弊させるだけで、日本の国家的利益に反するということが明らかになります。日本はもっぱら分相応に自国の防衛を行うことで手一杯と考えるべきです。日米安保条約すら、使い方によっては日本に害をもたらしかねません。

 平和国家としての日本を実現しつつ、国土保全を執行するだけの見識を持ち、民主主義体制の下での自衛隊を整備する能力のある政治家を育てること。それができないのなら、外部にこれらに相応しい人物を求めて防衛大臣に任命する態勢を党内に整える必要があります。そして、これこそが政権党が防衛分野に関して実現すべき政治改革です。

自民党時代から間違っている弾道ミサイル対策

 1998年に北朝鮮がテポドン1号を打ち上げた時、日本は自前でその打ち上げを探知できず、アメリカの早期警戒衛星による警報で打ち上げを知りました。その反省として情報収集衛星を持つことを決めたのですが、そもそもこれが弾道ミサイル対策としては不適切でした。1日に2回しか一地点を撮影できない情報収集衛星は、弾道ミサイルの打ち上げまでは探知できないのです。本当に必要なのは早期警戒衛星でした。言うまでもなく「効果のない対策をもって、対策済みとする」ことに意味はありませんでした。ところが、この頃からこういう無意味な対策が当たり前のように採用されるようになりました。皮肉なことに、その後のテポドン2号打ち上げでも、そういう傾向は輪をかけるようにして踏襲されました。

 2006年のテポドン2号の打ち上げの際には、海上自衛隊はイージス艦を日本海に展開し、その「SPY-1レーダー」でロケットの軌道を記録しようとしました。テポドン2号は打ち上げ直後に墜落しましたが、イージス艦はその軌道を探知することに成功しました。この対策はテポドン2号の性能を確認するという重要な目的に合致しており、行うべきものと言えました。

 しかし、2009年のテポドン2号の打ち上げでは防衛大臣が「破壊措置命令」を出し、ロケットが日本の領域に落下する場合は迎撃を行うことにしました。これは余計な対応でした。

 なぜなら、テポドン2号が日本上空を通過する時までには、最も多くの燃料を積んだ1段機体は燃焼を終えて分離も済んでいます。2段機体から上が墜落したとしても、空気が濃密な層に再突入することで爆発・分解し、地上にそのまま落下する可能性はほとんどゼロに等しいからです。2003年にスペースシャトル「コロンビア号」が米本土上空で空中分解事故を起こした時、ほとんどの部品が地上に落下したのに、特に人的・物的な被害は出ませんでした。まして、テポドン2号はコロンビア号よりは遙かに小さい上に、爆発する燃焼剤を搭載しているため、自己爆発する可能性が極めて高く、地上に被害をもたらす可能性はほとんんどありません。

 ところが、自民党政権は直ちにテポドン2号が頭上に降ってくるかのような宣伝を行い、大がかりな迎撃態勢を敷き、間違ってもロケットが飛んでこない東京にまで迎撃ミサイルを配備しました。これは馬鹿げていると断言できるほど過保護でした。配備した「PAC-3」の迎撃範囲は極めて小さく、その範囲内にロケットが墜落してくることは、宝くじに当たるよりも遙かに確率が低いのです。

 むしろ、政治がやるべきだったのは、こうした防衛省の過剰な対策を諫め、適切な方向へ導くことでした。その第一の方策は、イージス艦によるテポドン2号の弾道の解析と、日本の排他的経済水域に落下する1段機体の回収と解析でした。後者のアイデアをかつて国会の場で主張したのは、実は民主党の白眞勲参議院議員でした。これに対して浜田靖一防衛大臣は前向きに検討すると回答しながらも、結局、サルベージは行わないと決定しました。今年の打ち上げで韓国とアメリカが合同で機体の回収に乗り出したのは、このサルベージの重要性を示しています。残念なことに、今回の打ち上げでは1段機体はバラバラに分解し、2段機体から上は発見できずに終わりました。しかし、証拠物を収集して北朝鮮に突きつけること、ハードウェアを分析すること、過去の打ち上げ時の軌道と比較することは、彼らの技術力を知り、今後の対策に役立つことは明白です。もし、2009年に日本が1段機体の回収に成功していれば、北朝鮮のミサイル技術について、多くのことを知ることができ、韓国やアメリカとも共有ができたはずです。

 外務省は落下した機体の所有権がどこにあるかは明確でないと主張していますが、この回答は矛盾しています。日本はテポドン2号は人工衛星ロケットではなく、弾道ミサイルだと主張していました。つまり、平和的な宇宙開発ではないと主張しているのですから、国際法上、機体を北朝鮮の資産として尊重する必要はなく、返還の義務はないはずです。兵器に関しては、たとえば、旧ソ連の沈没した原子力潜水艦をアメリカがサルベージして調査したことがあるように、積極的な偵察活動が行われているものなのです。排他的経済水域では環境汚染に関して当事国が必要な活動を主張できます。テポドン2号の燃料と酸化剤の毒性が高いことは明白ですから、海洋汚染を根拠に調査を正当化できたのです。

 迎撃には国際法上の問題があります。日本の領土に落下する危険があるかを判断するには、ロケットが上昇し、また地表に向けて落下してくるのを確認する必要があります。高い高度にあがったロケットをSM-3迎撃する場合、ミサイルがロケットに命中した場所が大気圏外だったら、日本は領空の外で攻撃を行ったことになります。領空の上限高度は未だに明確な定義はありませんが、有翼機の飛行範囲とか高度100kmとか高度80kmといわれています。今回の破壊措置命令では、迎撃高度について「大気圏外で破壊する」と曖昧にしか発表せず、具体的な高度を数字で示しませんでした。もし、高度150kmで迎撃を行えば、それは北朝鮮に国際法違反という格好の攻撃材料を与えたことになり、同時に日本と北朝鮮が事実上の交戦状態に入ることを意味します。

 さらに、迎撃ミサイルの命中精度には大きな疑問があり、実戦で確認されたことが一度もないという問題があります。2009年のテポドン2号打ち上げでは、アメリカは本土に飛来した場合の迎撃を宣言しましたが、あとで取り消しました。日本はこの発表を受けて迎撃する方針を決めました。しかし、私はアメリカの宣言はすぐに取り消されると予測していました。なぜなら、テポドン2号はアラスカに飛んでいくと報じられたものの、実際にはほぼ真東に打ち上げられると分かっていたからです。1998年のテポドン1号の打ち上げが真東に向けて行われたことや、どの国の宇宙開発にも見られるように、北朝鮮が地球の自転を利用するために真東にロケットを打ち上げることは火を見るよりも明らかでした。そもそも、ロケットの打ち上げ実験で、他国の領土内に機体を落下させる必要がないことも明白です。アメリカが迎撃ミサイルの命中精度に自信がなく、何発も発射して命中しなかった場合に起きるミサイル防衛への批判と悪影響を恐れるということも明白でした。アメリカは迎撃を示唆することで、北朝鮮の反応を試しただけだったのです。ところが、日本は小学生のように手を挙げ、意味のない迎撃ミサイルの展開を行い、ロケットが墜落するはずもない東京にまでPAC-3を展開しました。さらに、マスコミがテポドン2号の行き先について不正確な情報を報じる間も政府は何も発言せず、誤った情報が流布されるのを放置し、国民のテポドン2号への恐怖感を利用してこの迎撃対策を正当化しました。

民主党の弾道ミサイル対策の誤り

 民主党は独自の対策を打ち出すべきであるのに、この間違った手法を踏襲し、今年のテポドン2号打ち上げでは、さらに悪い対応を重ねました。

 その筆頭にあげられるのは、テポドン2号を「人工衛星と称する実質上の弾道ミサイル」と、あたかもテポドン2号とは別のロケットを連想する名称で呼んだことです。今年打ち上げられるロケットがテポドン2号と同型かその改良型であることは最初から分かっていたことでした。北朝鮮にはそう簡単に新型ロケットを開発する能力はありませんし、海外の専門家は最初からこのロケットをテポドン2号とか、北朝鮮での名称である銀河3号と呼んでいました。「人工衛星と称する実質上の弾道ミサイル」などという奇妙な名前で呼んだのは日本だけでした。2009年にはあれほどマスコミ上で連呼された「テポドン2号」という名称はどこかに消え失せ、「人工衛星と称する実質上の弾道ミサイル」が独り歩きし始めたのです。このために、日本国民の多くは北朝鮮がテポドン2号とは別の新しいロケットを開発したと錯覚しました。

 さらに「破壊措置命令」を出したために、自衛隊は本気で迎撃を計画し、その結果としてイージス艦でロケットの軌道をまったく探知できないという失態を演じました。対潜哨戒機のレーダーで捕捉したとの報道もありますが、弾道の解析にはSPY-1レーダーの、より詳細なデーターが必要でした。失敗の原因は、イージス艦を迎撃に最適の位置に配備するために、北朝鮮から遙かに離れた場所に待機させたことです。いかなるレーダーも水平線を越えた場所は探知できません。北朝鮮から遠ざかるほど、低高度に位置するロケットは探知できなくなるのです。海上自衛隊によれば、イージス艦1隻を日本海に、2隻を東シナ海に配備したとのことです。イージス艦の正確な位置は公開されていませんが、私の推測では日本海のイージス艦は北朝鮮の東倉里ロケット施設と東京を結ぶ線上に配備され、東シナ海のイージス艦は石垣島と沖縄本島を守るために、これらの少し北方に展開していたのだと思われます。この配備位置は明確に間違っています。海上自衛隊は日本を網羅するように配備を敷いたつもりかも知れませんが、私に言わせると、これは優等生の模範解答であり、むしろ最悪の態勢に過ぎません。東京に迎撃ミサイルを配備するという方針を決めたために、このイージス艦は前進防衛の役割を担い、皮肉にもその結果、役目を果たせずに終わったのです。日本海のイージス艦を東シナ海の北部、もっと北朝鮮に近い場所に配備し、迎撃ではなく探知を指示していれば、テポドン2号の軌道を探知するだけでなく、日本に打ち上げの事実を即時、報告することもできたはずです。つまり、地方自治体への連絡の遅れも起きなかったことになります。もし、民主党政権がテポドン2号の弾道の記録を最優先せよと指導していたら、問題は起きなかったはずです。

 もともと、正常に飛んでいるロケットを撃墜する迎撃ミサイルに、墜落してきた場合だけ発射して、正確に命中させろという命令は無理があります。正常に飛んでいるのか、墜落しているのかを判断し、迎撃ミサイル発射を決定する時間は僅かしかなく、何らかの間違いを誘発する恐れがあります。迎撃ミサイルシステムは正常に飛行する標的ロケットを撃墜する実験を受けているものの、墜落するロケットに命中させる実験は事例がありません。こうした成功する見込みのないことに自衛隊を専心させ、結果として、軌道をまったく探知できなかったことは、政治指導の誤りとしなければなりません。

 さらに、大騒ぎをしたほど脅威は大したことではなく、日本国民に偽の脅威を本物と信じ込ませてしまう過ちを犯しました。今回のような対策が危機管理であり、防衛政策であるという誤解を日本国民に植え付けた罪は大きいものがあります。東日本大震災のような自然災害、福島第一原子力発電所の原子力事故こそが本物の危機です。1980年代のソ連脅威論がそうだったように、何か別の目的があって叫ばれる防衛上の危機が本当の危機であった試しはありません。こうしたことを繰り返していると、国民は何が本当の危機か分からなくなり、本当の危険が迫った時に適切に対処できなくなります。自民党政権時代に、テポドン2号は日本を攻撃するための兵器だという間違った情報が定着しました。しかし実際には、テポドン2号は日本よりも遠くまで飛び、1段機体が燃焼中に日本列島を飛び越えてしまう仕様です。北朝鮮には日本のほとんどの地域に届くノドンミサイルが多数あるとされますが、それらの危険は日本国民は知りもしません。自民党政権と民主党政権は誤った情報を国民に流して、誤り導いたに過ぎません。PAC-3を持つ航空自衛隊、SM-3を持つ海上自衛隊、防衛産業に利益をもたらすミサイル防衛を擁護するためだけに、華々しいミサイル防衛ショーを上演したに過ぎないのです。

 原子力発電の分野と同じく、一層複雑になったハイテク機器を扱う分野の人々は、国などから支出される予算類や許される権限が減ることを防ぐために、あらゆる手段を講じるものです。そのために虚偽の情報すら流される場合すらあります。原子力発電の分野では以前から「正しく知れば放射能は恐くない」という誤った情報が流され続け、福島第1原発での放射能漏れ事故が起きてからも、メルトダウンは起きていないという偽の情報が流されました。私はアメリカのスリーマイル島原発事故で原子炉の冷却が止まった時間と比較することで、福島第1原発の原子炉も核燃料の発熱に耐えられず、メルトダウンを起こす可能性が高いと、東日本大震災が起きた日に予測しました。しかし、政府はメルトダウンは起きていないと間違った情報を、東京電力がそれを認めるまで発信し続けました。こういう都合が悪い情報は出さないという傾向が、国が関係するハイテク分野全般に存在し、ミサイル防衛の分野にも認められます。テポドン2号の打ち上げは、こういう動きに利用され、民主党はそれを後押しするという誤りを犯しました。

 戦果をあげることが防衛の最終的目的ではありません。政治的目的の達成こそが目的です。政治的目的とは平和の達成に他なりません。その鍵を握っているのは政権党である民主党なのです。



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