ミサイル発射事案の検証報告書は支離滅裂
日本政府から「北朝鮮ミサイル発射事案に係る政府危機管理対応検証チーム報告」が公表されました(pdfファイルはこちら)。
ちなみに、このpdfファイルはテキストデータではなく、書面をスキャンした画像データで提供されています。そのため、非常に活用しにくい形になっています。まったく不親切なことです。
この報告書で、やはりロケット打ち上げへの対応計画が杜撰だったことが明らかになりましたし、報告書自体にも問題があるように思われました。
どちらにも北朝鮮に対する基本的戦略のコンセプトがなく、目の前で起きたことに慌てて対応しようとした姿しか見えません。つまり、単に北朝鮮のロケットに日本上空を通過されると、日本政府の威信が失墜するという不安感から対処しているに過ぎないのです。これは「臆病者の生きる道」と言うべきです。
ロケットを迎撃することで、日本は何を得ようとしているのでしょうか?。何も得るものがなくても、高額の迎撃ミサイルを発射する必要があるのでしょうか?。根本的に「何がやりたいのですか?」という事に対する答えは、事案対処計画の中にもありませんでしたし、検証報告書の中にもありません。
この報告書にも相変わらず「北朝鮮の『人工衛星』と称するミサイル発射事案」と愚にもつかない表現が使われています。テポドン2号で日本を攻撃できないことは、私が以前から主張しているとおりです。これは明らかにもっと遠くへ飛ばすためのロケットであり、軍事ミサイルに転用した場合は、日本は近すぎて攻撃できません。日本に対する脅威は、飛行の途中で故障して墜落した場合だけです。そうだとすれば、テポドン2号の打ち上げを日本が血眼になって阻止する理由はないのです。隣国でロケットが墜落した場合のリスクが高い韓国や、北朝鮮が宿敵とするアメリカこそ、テポドン2号の打ち上げを止めさせたいでしょう。強いて言えば、テポドン2号に使われた技術が日本を攻撃できるノドンミサイルに転用されることは日本に危険です。しかし、日本政府はこれについてコメントしたことがありません。むしろ、自民党政権の時は、テポドンがアメリカに飛んで行く場合も迎撃すると意味不明のことを主張していたくらいです。
根本的な戦略を示すことなく、政府から国民への情報伝達の不備だけを議論しても大した意味はありません。しかし、報告書はほとんどすべて、それに終始していました。こんな報告書は作成する意味がありません。
さらに論旨が支離滅裂で、それにまったく気がついていません。具体的に問題点を見ていきます。
「内閣官房と防衛省との間で事前に調整した情報伝達要領」(2ページ)には次のように書かれています。
(1) 米国がミサイルの発射を探知し、防衛省にSEW情報(早期警戒情報)(発射場所、発射方向、発射時刻、発射弾数、落下予想地域・時刻)として伝達。
(2) 我が国の安全に影響があると判断される場合には、防衛省はこのSEW情報を官邸幹部及び官邸対策室(危機管理センター)に一斉通報。
(3) SEW情報にあわせ、自衛隊等のレーダーによって当該ミサイルの飛翔経路が捕捉され、これが我が国に向かっていることが確認された場合に、防衛省は官邸対策室(危機管理センター)に「発射情報」として伝達。
この対策を採用した人たちの神経が理解できません。
米国のSEW情報は探知直後のデータを基に作られたものです。この情報の中で「落下予想地域・時刻」はほとんど信用できません。なぜなら、これは極めて大まかな予測でしかない上に、その後に変化する可能性もあるからです。たとえば、1段機体が正常に燃焼し、2段機体の燃焼が途中でストップした場合、理論的にはテポドン2号は日本領域に落下する可能性があります。しかし、初期のSEW情報は1段機体が正常に燃焼している時のデータですから、落下予想地域と時刻を正確に分析できるわけがないのです。だから、このやり方では防衛省が日本の安全に影響があると判断できたはずはありません。SEW情報が出たら、それを直ちにJアラートとエムネットで住民や自治体に通告する仕組みにすべきでした。第一、日本に影響があるかどうかを判断してから国民に通報する方法では、国民が避難する時間を得られないのは明白です。北朝鮮から打ち上げたロケットが日本に墜落する場合、10分間程度で着弾します。このやり方では警報が出ない場合もある上に、迅速に通告できた場合でも、国民が警報を知った時には着弾済みです。要するに、政府の自己満足のための対策でしかなかったのです。
さらに(3)の自衛隊等のレーダーによって当該ミサイルの飛翔経路を捕捉するには、イージス艦をできるだけ北朝鮮に近い場所に待機させる必要がありました。ところが、海上自衛隊は迎撃に最適な場所に位置すべきと判断して、日本に近い位置にイージス艦を待機させました。これは官邸、防衛省、海上自衛隊の間で、対応の意図が正確に理解されていなかったことを示しています。この点について、12件ある検証項目の中には取り上げられてすらいません。
打ち上げ失敗に関して事前に想定していたかという点については、「今回のようなミサイル発射直後の失敗のケースがあり得ることは認識されていたものの、その際に国民に発信すべき情報について関係者の間で事前に調整され、共有されていたわけではない。」(5ページ)と書かれています。実用化に至っていないロケットが墜落することは珍しくないのに、この認識だったとは理解できません。日本で叫ばれる軍事的危機は、敵が常にこちらの予想通りに動いてくれるかのように宣伝されてきました。 危機がそのように簡単なものなら苦労はいりません。敵が図らずも失敗してくれたのに、それを利用するどころか、自分もへまをするようでは、本物の危機に対処できるわけがありません。
報告書の中には繰り返し「国民の関心が極めて高かった今回のケース」という表現が使われています。しかし、大騒ぎして、必要以上に国民の関心を高めたのは政府です。それに対してや、お手盛りの危機対処ショーへの反省はありません。そもそも、テポドン2号がどれだけ日本に危険だったのかの見積もりすら示されていないのです。
この報告書で唯一評価できるのは「情報収集能力について」(18ページ)で、「我が国でも独自の早期警戒衛星を保有すべきではないか」「地理的に優位な位置を占める韓国軍はより正確な情報を得ていたことを考慮し、韓国軍との様々な情報共有を進めていくべきではないか」と踏み込んだことです。本来は、これをテポドン2号の打ち上げ前に検討しておいて欲しかったことです。早期警戒衛星ではなく、現行の情報収集衛星を打ち上げて弾道ミサイル対策とうそぶいた自民党政権に比べれば、ここまで書いたのは進歩だと言えます。韓国軍との情報共有も米軍を仲介すれば可能でしょう。また、墜落した機体の調査に関しても、日韓米で協力していく試みも有益でしょう。しかし、この報告書はその詳細は目的の範囲外としています。この点について、今後、民主党が防衛省をどう指導していくのかが注目されます。
以上の問題については、民主党固有の危機管理能力の欠如と決めつけることはできません。民主党のやり方は自民党政権のものを踏襲しており、自民党が早期警戒衛星を打ち上げていれば、こんな事態は起きなかったでしょう。だから、責任は両者にあるというべきです。しかし、自民党は政権を民主党から奪取するために政局に訴える手法しか持っていません。かつての日本社会党よりもひどい審議拒否作戦を展開しています。民主党の某国会議員から聞いたところでは、最近は与党議員が野党議員に酒を飲ませて説得工作・切り崩しを行う、五十五年体制時の手法が復活しているということです。
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