読売新聞の44年後再考論の報道は不公正
中国部国防部報道官の44年後見直し発言の元記事が国防部のウェブサイトに掲載されました。(記事はこちら)
それによると、質疑応答はかなりの量があり、他の部分にこそ核心を表す内容があることが分かりました。あの部分だけを抽出した読売新聞のセンスは最悪で、不公正であることも分かりました。これは日本のメディアが対立を作り出す事例の典型です。
下に重要な質疑応答の一部を抽出してみます。記者会見に出席した報道官は楊宇軍上校(上校は大佐に相当する階級)です。
記者 中国が東海(東シナ海のこと)防空識別圏を発表した後、日本当局とメディアは、中国側がこの方面の現状を変えようとし、空海域に不測の事態を招き、非常に危険な行為だと主張しました。この評価をどう思いますか?。日本の報道記事によれば、中国が防空識別圏を発表した後、日本の指導者は日本と米政府、国際社会は東海防空識別圏を取り下げるよう中国に求めることに参加すると言いました。これについてお答えください。
楊宇軍 最初の質問にお答えします。中国の防空識別圏の設定は完全に正当で、合法的です。日本側は常に他者を非難し、他国の評判を落とそうとしますが、彼ら自身の行動は決して批評しません。日本側は中国の強烈な反対に関わらず、昨年9月にいわゆる「魚釣島(尖閣諸島)の購入」を発表しました。ここ数年間は頻繁に、日本は通常の航行訓練の船と航空機船舶に対して航空機船舶を中国に送りました。これは航行、飛行の自由への深刻な妨害です。日本の自衛隊の戦闘艦も、事前に線引きし、発表した公海上の演習海域へ侵入し、中国の通常の軍事演習を妨害しました。日本は強力な武力拡張を行おうとして、第2次世界大戦後の国際秩序を変えようとしています。日本当局は時々、中国の脅威を作り出し、公然と対立を作り出そうとします。では、誰が現状を一方的に変えていますか?。そして、誰がこの地域の緊張を増やしていますか?。誰が矛盾を大きくしていますか?。そして、誰が地域の安全を蝕もうとしていますか?。私は国際社会が結論を出すと考えます。第2の質問にお答えします。日本は1969年に早くも防空識別圏を公布しており、日本側は黄海の防空識別圏について中国にとやかく言う権利はありません。取り下げを望むなら、我々は日本人に最初に防空識別圏を取り下げるよう求めます。中国は44年後に再考するかも知れません。
記者 一部の報道では、防空識別圏に入る許可を得ない外国の航空機が侵入したら、防空識別部門は撃墜する権利があると言います。これについてお答えください。
楊宇軍 最初の質問は防空識別圏に関するものです。説明しましょう。防空識別圏は領空ではなく、いわゆる「飛行禁止区域」ではありませんが、警告時間を確保し、国家の防衛を安全に守るための、領域の外での国の空域の限界です。従って、防空識別圏の設定は領空の拡張ではありませんが、領空の安全をより効果的に防衛できるのです。国際法と慣習の基本に基づいて、外国の航空機は他国の防空識別圏に侵入できますが、同時に、その国の防空識別圏もまた自国の航空機を認証し、意図と所属を解明し、事情と直面した脅威に応じて対応する権利を持ちます。だから、その記事は正確ではありません。
記者 東海の防空識別圏と日本の防空識別圏は重なり合います。これをどう評価しますか?。これは東海の油田・ガス田に影響しますか?。
楊宇軍 日中両国は海を隔てています。東海独特の地理的環境は両国の防空識別圏が重なることを不可避にしています。我々は防空識別圏が重なる空域では、両国がコミュニケーションを強化し、互いに飛行を安全にすると考えます。東海の油田・ガス田については、関連する権限のある部門に問い合わせてください。
44年後再考は発言の最後に付け足されたような話であり、それ以外に、防空識別圏の意味がしっかりと表現されています。こうした重要な情報を抜いて、どうでもよいころを報じるのが、日本の大手メディアのおかしなところです。
中国が考える防空識別圏がどんなものか、これでようやく分かりました。前にも書きましたが、「識別」だけやり、航空機が領空に接近したなどの状況に応じてスクランブルを行うということのようです。
これは恐らく、民間機に対しては、たとえ飛行計画書を事前に提出しなくても、スクランブルなどの対応は取らず、じっと監視だけを続けるということを意味するのでしょう。アメリカは飛行計画書を出すことにしたようですが、軍用機については告知しません。
中国の考え方は、他の国が考える防空識別圏とはかなり異なっているのです。日本と中国の防空識別圏が重なることは自然なことだと考えているようですし、両国が共同で安全を確保すべきとの態度を示しています。
どうやら状況は今後もあまり変わらないようです。ここは冷静になり、中国の考え方の詳細を探っていく方が賢明でしょう。これこそ読売新聞が書くべきことだったのです。
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