南スーダン弾薬譲渡事件の問題点

2013.12.27


 南スーダンに派遣した自衛隊が韓国軍に弾薬を提供した問題で、日本政府は韓国軍から直接要請を受けたと言い、韓国政府は要請していないと言います。この問題に終止符を打ちそうな記事が朝鮮日報に載りました。その一部を紹介します。

 国防部の関係者は25日「日本側の説明は誤っている」と反発。この関係者は「21日午後(現地時間)、ボル地域の国連基地に駐屯中のハンビッ部隊とネパール軍、インド軍、ルワンダ軍が会議を開いた。このときハンビッ部隊が、部隊を守るために追加の弾薬が必要だと要請した」と語った。ネパール軍とインド軍は歩兵中心の部隊で多数の弾薬を保有していたが、口径7.62ミリ小銃用の弾薬だったため、韓国軍の口径5.56ミリ小銃には使えなかった。

 ボル地域にいた国連軍の連絡将校(オーストラリア軍の大佐)はこの事実をUNMISS本部に伝えた。UNMISS本部は南スーダンに駐屯している部隊のうち5.56ミリ小銃弾を使用している国を探し始め、韓国軍部隊にも一緒に探すよう連絡してきた。

 この過程で韓国軍の実務将校が、自衛隊に対し、弾薬を持っているかどうかを確認する電話をかけたというわけだ。その後、UNMISSは自衛隊に弾薬1万発を要請し、日本側がUNMISSに弾薬を無償で提供したという。

 だが日本政府は25日にも、これまでの主張を繰り返した。日本政府の菅義偉官房長官は同日の記者会見で、韓国が現地部隊と在日韓国大使館を通じて弾薬提供を直接要請してきたと重ねて強調した。

 韓国軍の消息筋は「自衛隊は韓国軍の将校から電話を受けたときに、韓国軍がUNMISSを通さず直接要請してきたと誤解した可能性がある」と語った。

 多分、これが真相でしょう。結論から言えば、日本側の認識が間違っていたということになります。さらに、別の朝鮮日報の記事は、これとは別の韓国軍の懸念を報じています。

 韓国国防部関係者は「米軍は反政府軍を刺激する可能性があるとして、実弾提供の事実を公表しなかった。日本はそれを全く考慮せず、メディアに情報を流した」と批判した。

 韓国隊の安全を脅かしたのに、日本はそれをまったく気にしていないのです。しかも、この問題が未解決の中、安倍総理は靖国神社へ参拝しました。韓国からは、弾薬提供は靖国参拝を正当化するための罠だったという見方ができます。まさに、最悪のタイミングでした。日本政府は弾薬提供は国際的に当たり前のことだと言いますが、実際にやっていることは国際常識や危機管理とは真逆のことなのです。民主党には防衛を任せられないと考えて、日本国民は自民党に政権を戻したわけですが、自民党も頼りにならないことは、今回の事件が証明しました。日本版NSCや特定秘密保護法は、日本では情報が漏れるから海外から情報がもらえないという理由で創設、制定したのに、日本政府は、韓国軍の重要な情報を勝手に漏らし、やはり日本では情報が漏れるということを自ら証明してしまったのです。おまけに、事態が沈静化しないうちに、韓国を刺激する靖国参拝を強行するという外交音痴ぶりをさらけ出しました。

 少し問題を整理してみましょう。

 普通に考えたら、現地部隊のハンビッ部隊で弾薬が欠乏していたとは考えられません。韓国部隊の任務は戦闘ではなく、戦闘部隊は派遣していないし、実際に戦闘もしていないのですから、弾薬が足りなくなる訳がありません。日本政府が言うような弾薬の不足は表現がおかしいし、そんな事態を招いたら、韓国軍の関係する将校たちが怠慢で処罰されることになります。

 どの軍隊も軍事ドクトリンに従って補給をしています。軍隊は任務別に必要弾薬数を決めており、ハンビッ部隊もそれだけの弾薬を持って現地入りしたはずです。

 弾薬が少ないのはハンビッ部隊の任務の性質のためです。朝鮮日報は次のように報じています。

再建を主任務とするハンビッ部隊は、工兵部隊・医務部隊を中心に編成されており、武器は小銃などの個人火器が中心で、弾薬も十分に確保していないと伝えられている。現在ハンビッ部隊では、今年10月に派遣された第2陣の約280人が任務を遂行している。

 医務部隊は戦闘部隊ではなく、中立的立場を守るために国際人道法(ジュネーブ条約)によって、自分や患者を守る場合を除いては武器の使用が禁じられています。医療部隊の隊員が通常携帯するのは拳銃です。拳銃と小銃の弾薬は異なります。韓国軍は拳銃は口径9mmを使うK5拳銃と、口径5.56mmで薬莢長さ45mmのNATO弾を使うK2小銃を持っています。多分、ハンビッ部隊は拳銃弾を多く持ち、警備用に少数の小銃弾を持っていたのです。

 反政府軍が接近したので、ハンビッ部隊指揮官のコ・ドンジュン大佐は、警備兵が持つK2小銃を発砲する機会が出て、予備の弾薬も使う可能性を想定したのです。そこで、コ大佐は国連南スーダン派遣団を通じて弾薬を要請しました。その経緯は、上に引用した記事の通りと考えられます。

 ところが、この経緯を現地自衛隊や日本政府が正しく認識せず、誤って公表しました。朝鮮日報は次のように報じています。

しかし国防部の主張は違う。コ・ドンジュン大佐の実弾支援要請はなかったと反論した。キム・ミンソク国防部報道官は25日、「現地指揮官の判断で国連南スーダン派遣団(UNMISS)に要請したが、UNMISSは韓国軍が使用する実弾がないとして日本側を斡旋し、支援を受けることになった」とし「この過程で実務者が自衛隊の実務者と協議したが、コ大佐が直接電話をしたことはない」と話した。双方の主張が完全に食い違う部分だ。

 現地での状況を誤って認識したこと、ハンビッ部隊の安全を考慮せず情報を公開したことが、日本政府の反省すべき点です。しかし、日本政府が現地での危険性を誇張したことも付け加えるべきでしょう。この件に関する日本政府中枢の発言を見てみましょう。

岸田外務大臣「韓国隊の隊員および避難民の生命財産を保護するために、必要な弾薬の譲渡をお願いしたいという要請を受けたしだいです」(JNN)

小野寺防衛大臣「なし崩しということでの評価ではなく、人道的・迅速性で対応したと、ご理解いただきたい」(FNN)

石破自民党幹事長「仮に国連の要請があったにもかかわらず、わが国が拒否して、犠牲が生じることの方が活動の趣旨にそぐわない」(FNN)

 韓国軍が差し迫った危機にさらされていたかというと、そうとも言い切れません。戦術的に考えても、そういう状況には矛盾があります。

 ハンビッ部隊280人のうち、警備兵は80人という報道があります。この80人で反政府派兵士1,000人と戦っても勝てないのです。それは自衛隊が提供した1万発の弾薬があっても結果は同じです。韓国軍は小火器だけしか持っていませんが、反政府軍はもっと強力な武器を持っているでしょう。それらに支援されつつ、反政府軍が韓国軍陣地を攻めたら、大した時間もかからずに勝利を収められます。つまり、反政府派兵士1,000人にハンビッ部隊を攻める意思が確認された時点で、ハンビッ部隊が行うべき行動は撤退なのです。ハンビッ部隊がそれをしないのは、反政府軍にはそういう意図がなく、具体的な動きもないことを理解しているからです。

 反政府軍の戦略を考えても、彼らには国連部隊を攻撃する必要はなく、むしろ国際社会の世論を味方につけるためには、国連部隊の安全を確保した方がよいのです。オスプレイが攻撃された直後にオバマ大統領が緊急声明を出し、ケリー国務長官が南スーダン政府と反政府軍指導者に連絡したのは、国連部隊の安全を確保するためで、今のところ、この対処は効果を出しています。両者は国連部隊の近くで交戦しながらも、実害を加えなくなりました。韓国の聯合ニュースによれば、24日(現地時間)、南スーダンの政府軍と反乱軍の交戦により、ハンビッ部隊の駐屯地内に迫撃砲2発が着弾たものの、その後特異な動向は見られません。産経新聞によれば、23日にはスペイン駐留の海兵隊部隊150人がオスプレイ、C130両輸送機など10機とともにアフリカ東部ジブチに移動しましたが、国防総省のウォレン報道部長は、米国人を救出するための措置であり、紛争解決に向けた軍事行動は意図していないと強調しています。いまにも反政府軍が国連部隊を攻撃するという状況ではないのに、そのように認識し、国民に説明したのは明白な誤りです。もしそれが事実なら、すでに米軍が戦闘部隊の投入を決めるなどの対処をとっているはずです。

 もう一点、明らかになっていないのは、現地自衛隊の弾薬が不足する事態はないのかということです。現地部隊がどれだけの弾薬を持っているのかは、韓国部隊に1万発渡したことは公開できても、非公開にされています。せめて、十分な自衛隊には弾薬があると言ってくれればよいのですが、それすら情報提供されません。自衛隊の現地部隊も、再び首都で戦闘が起きれば、流れ弾などによる被害が想定されますから、隊員の安全が確保されているかどうかは、国民の関心事なのです。

 さらに言えば、自衛隊の現地部隊指揮官、井川賢一一佐の資質も気になります。ハンビッ部隊への弾薬提供の過程を正確に報告していない可能性、クーデターが起きたばかりの首都ジュバは平穏と報告するなど、私には理解できないことを繰り返しています。

 PKO(平和維持活動)はPKF(平和維持軍)と違い、停戦の監視や復興支援が任務だから自衛隊は参加できると説明されてきました。たとえ、国連事務総長から依頼されても、自衛隊PKO部隊が弾薬を他軍に提供することはないというのが政府見解でした。しかし実際には、現地部隊同士での物品のやり取りは当たり前のように行われ、今回のように弾薬のやり取りもあることが分かったわけです。現地部隊同士での結束のためには、物品のやり取りは拒否したくないところです。しかし、それは日本の法律に抵触します。緊急だから許されるのでは、満州事変も許されることになります。満州事変は関東軍が1931年に柳条湖の近くで南満州鉄道を爆破し、それを中国軍がやったことにして、日本が満州侵略の口実としたものでした。

 日本がいま考えなければならないのは、単純に弾薬提供の是非を言うことではなく、PKO関連法をどうするのか、派遣の具体的なやり方、活動の中身について、もう一度精査し、今回の弾薬提供のような事態を今後どうするのかをいったことを見直すことです。前に述べたように、すでに国際平和協力法では自衛隊の派遣条件は破綻しているのに、政府が引き揚げを決めないなど、制度的には矛盾が大きくなりすぎています。

 その必要性を前にして、日本はすっかり右傾化し、冷静に軍事的見地から議論することはできそうにありません。年が明けると、去年のことは忘れる習慣がある日本人です。問題を見直そうなんてことには、多分、ならないのでしょう。


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