安倍総理の知らない「いまそこにある危機」の真意

2013.3.18


 読売新聞によれば、安倍首相は17日、神奈川県横須賀市の防衛大学校の卒業式で訓示しました。

 安倍総理は「我が国の領土・領海・領空に対する挑発が続いている。現場で起きていることは今そこにある危機だ。私は先頭に立って、国民の生命・財産、領土・領海・領空を守り抜く決意だ」と述べました。


 この「いまそこにある危機」という表現ですが、もともとは小説家トム・クランシーの小説のタイトルです。「Clear and Present Danger」を翻訳家の井坂清氏が、こう訳して定着しました。

 しかし、この物語は、米大統領が南米の麻薬王を攻撃しようとして、議会の承認なく特殊部隊や攻撃機を派遣したことから起きるスキャンダルを描いています。この時に、大統領は麻薬の密輸問題は「いまそこにある危機」だから、直ちに対処するのだという理由付けをします。軍の派遣は秘密に行われ、大した考えもなく行われたこともあって、特殊部隊は見殺しにされます。結局、事態を知った主人公のジャック・ライアンが問題を解決し、最後には議会で証言して、米国民の前に真相を明らかにします。大統領の着想は、実は、友人が麻薬組織に殺されたとか、大統領選挙のための材料作りなどの私情が混じっており、米国法にも違反していました。こともあろうに、そのために現場で犠牲が出るのです。

 クランシーは、明らかに皮肉を込めて小説のタイトルを決めたのです。大統領と側近の間でコミュニケーションが欠落し、米政府が失態をおかすのは、希に起きることで、クランシーはそれをモチーフにして、この物語を創作したと私は想像しています。

 だから、これは総理大臣が防衛大学の卒業式で生徒に贈る言葉としては、まったく不適切です。これでは、安倍総理が離島防衛のためには秘密作戦も辞さない、そのつもりでいろと防大生に言っているように解釈でき、誤ったメッセージを送っているように見えるのです。

 もちろん、安倍総理にはそんなつもりはないでしょう。軍事のことなど分からないで喋っているだけです。多分、原作は読んだことがないし、映画も観ていないのでしょう。

 この言葉は軍事用語でも何でもないのに、日本の政界で独り歩きしています。そうなったのは多分、石破茂が著書「国防」の中で、肯定的な意味合いで用いたからでしょう。この本の第1章のタイトルが「いまそこにある危機」なのです。そこには主に北朝鮮の弾道ミサイル問題が書かれています。

 なんとなくアメリカの真似をして喋れば、格好がついてしまうのが、日本の政界における軍事問題の議論です。

 実はこの程度なのが自民党の危機管理だということを、国民が知るまでには、まだ長い時間と犠牲が必要です。


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