マスコミが報じる仮想シナリオの問題点

2013.6.12

 「自衛隊は本当に強いのか」という見出しにつられて、SAPIO誌7月号を買ったのですが、やはり後悔しました。

 北村淳氏が書いた中国軍による宮古島占領作戦の記事は、中国軍は上陸しても維持できない尖閣諸島を侵略せず、持久可能な宮古島を占領し、島民を人質に取って、交渉で尖閣諸島と宮古島を交換すると主張します。さらに、上陸作戦能力がない自衛隊には宮古島を奪還できないから、その能力を高めよ、と結論しています。

 尖閣諸島に上陸しても、防衛が困難という北村氏の認識は正しく、このサイトでもそう書いてきました。しかし、だから中国軍が宮古島に上陸するかと言えば、それは無理です。

 尖閣諸島であれ、宮古島であれ、そこは日本の領土であり、それは国際的に認識されていることです。また、ここは日米安保条約で、米軍が守るべき領域となっています。

 中国軍による宮古島の占領は侵略戦争であり、国連はこれを批判し、原状復帰のための活動を行うことになります。中国を支持する国は僅かで、ロシアすら非難に回るでしょう。

 中国がチベットで弾圧を行うのと違い、アメリカでこの暴挙は大きく取り上げられます。目の前に米軍がいるのに、何もしないのは恥と考えるからです。チベットにはアメリカの資産は少ないでしょうが、日本には多くのドルが投下されているからです。

 まして、宮古島と尖閣諸島の交換など、受け入れられる話ではなく、こうした交渉を持ちかけたことで、中国は国際社会で面子を失うことになります。国連での立場も危うくなります。

 日米が共同して奪還作戦が実行されることになります。島民が犠牲になる可能性はあっても、やらなければならない戦いです。民間人を巻き込んだことで、非難されるのは中国です。日本政府は島民に国民保護法に基づいて避難経路を指示しますが、うまく逃げられない人も出ます。このシナリオでは島民は「人質」になるという生ぬるい表現しか使われていません。実際には、島民は自衛隊と米軍の攻勢に巻き込まれて死傷するのです。

 宮古島の港と空港を占領し、敵部隊を掃討するのが日米共同作戦の目標です。米海兵隊が上陸し、日本は空挺部隊などを派遣します。付近の洋上では日米共同で封鎖活動が行われます。

 しかし、その前に、中国軍の作戦は記事に書いてあるように実行できるのでしょうか?。

 記事では、中国軍は空港を占領し、輸送機で食料などをピストン輸送し、輸送艦、補給艦で補給物資と各種大型兵器を運び込み、占領体制を確立することになっています。

 中国を出発した大船団は早い段階で補足されるはずです。百本譲って、補足できなかったと仮定しても、直ちに米軍と自衛隊が海と空に封鎖線を設定します。よくても、第一陣くらいしか島に上陸できません。そして、空と海で、より重要な戦闘が繰り返されることになります。中国から島に接近する船や航空機は、すべて攻撃対象となります。さらに、米軍は沿岸部にある中国空軍基地を破壊し、港は機雷で封鎖しにかかります。これは中国軍も同じで、沖縄などの自衛隊と米軍の基地は攻撃を受けると考えなければなりません。つまり、宮古島だけが戦場になるのではないし、地上部隊だけでなく、海軍、空軍の戦闘力、持久力が重要だということです。それがこの記事には一切触れられていません。

 それはなぜか?。

 この記事は安倍総理の海兵隊創設論を後押しするために書かれたのでしょう。だから、基本設定に無理があるのです。この種の記事は大抵が何か別の目的があって書かれるものです。あたかも客観的に書かれた仮想シナリオの形をとっていても、政治的な記事そのものです。

 残念ながら、国内メディアには政府の主張を一方的に垂れ流すところが多く、有益な軍事記事はわずかです。国民がこうしたものしか読めないのは、本当に残念なことです。

 先に述べたように、多くの民間人が死傷し、戦いは島だけでなく、他の地域にも広がります。シナリオが戦場を島だけに限定したのは、読者に受け入れられやすくするためです。戦いが各地に広がると分かれば、読者は自分も当事者になる可能性があることに気がついて、醒めてしまいます。こういうシナリオは野次馬気分で読める読み物に過ぎないのです。本気で書かれた仮想戦争シナリオが記事になることは、まずないのです。


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