中国漁船200隻の密漁ごときで狼狽えるな

2014.11.6


 中国漁船が小笠原諸島近海でサンゴを密漁し、海上保安庁が対応中です。報道の影響か、インターネットに過激な意見が散見されるようになっています。

 11月3日付けの産経新聞は次のように書いています。

200隻以上に膨れあがった小笠原・伊豆諸島沖での中国のサンゴ密漁船団について、専門家からは「単なる密漁目的ではなく、日本の海上警備態勢への挑発ではないか」といった見方が浮上している。

 記事は東海大の山田吉彦教授(海洋政策)の意見を引用し、「数十隻ならまだしも、200隻以上に増えれば単なる密漁目的とは考えにくい」「日本の海上警備態勢への挑発の意味合いもあるのでは。現状を国際世論に訴え、中国側にサンゴ密漁をやめさせるよう圧力をかけるべきだ」としています。

 同じ記事は海上保安庁の佐藤雄二長官の「一獲千金を狙った違法な操業だ」との見解も紹介しています。海保はあくまで密漁との見解なのです。

 そもそも、中国が漁船を出したからといって、そこが中国領海に変わる訳ではありません。こんな事情では世界を納得させられず、海のルールは変えられません。世界の海のあちこちで漁は行われていて、密漁問題もまた各所で起きているのです。

 単なる中国漁民の暴走ではなく、背後に中国政府がいるとの見解は、今朝のワイドショーでも聞かれました。しかし、この見解には一切根拠がないことを知るべきでしょう。菅義偉官房長官は4日、中国側から「重大性を認識しており、漁民に対する指導など具体的な対策に取り組んでいる」との説明があったと説明しています。言葉通り、中国政府が漁民に対して対策を講じるかを、まず確認しなければなりません。

 私は中国漁民の誰かがサンゴで大もうけをして、それに影響を受けた者たちが、一度に日本近海へ押しかけているのだと考えています。中国政府が本気で取り締まれば、このバブルは一気に萎む可能性もあります。

 インターネットを見ると、筋違いと思える意見が急速に増えています。

 陸上自衛隊や消防まで投入せよとの意見がありました。陸自だけでなく、自衛隊が密漁の取り締まりを行うことは法律上できません。自衛隊が警察権を持つのは、防衛出動や法が指定する施設の警備の場合だけです。漁民相手に防衛出動はあり得ませんし、密漁取り締まりは施設警備とは違います。消防は警察と一緒に行動する場合でも、警察権を行使しないという法律もあります。この意見を実現するには、複数の法律の改正が必要です。さらに、船に不慣れな陸自や消防のために、訓練計画も必要になります。

 自衛隊の演習を密漁海域でやればいいとの意見も見ました。密漁が行われているのは日本領海に入り込んだ場所や領海のすぐ外の排他的経済水域です。中国人船長が逮捕されたのは領土から10〜61km程度の近海なのです。そんな場所で演習を行うのは危険を伴い、無理です。潜水艦を近づければ、工作船は逃げるので、漁民と判別できるとの意見も見ましたが、意味がさっぱり分かりません。そもそも密漁船に工作船が混じっているとなぜ言えるのでしょうか?。それに、漁船の魚群探知機では船の近くしか分からないのですから、漁船の真下に潜水艦を出せということでしょうか。第一、潜水艦には、自分の位置を教えるという戦術はないでしょう。

 中には要員の派遣にオスプレイを使えとの意見もあります。緊急対応事案ではないので、人員の派遣は船で十分に間に合います。ハイテク兵器を使えば何とかなると考えるのは愚かです。

 台風の接近で中国漁民が日本領土に避難のために上陸するのではないかという声も出ています。しかし、小型漁船でも海岸に接近すれば座礁する恐れがあります。避難するとすれば港でしょう。港で中国漁民を拘束できるので、中国人が無制限に日本の国土をうろつき回るような事例は起きないか、たとえ起きても、ごく僅かであり、大して心配する必要はありません。

 こうした過激な意見が出てくる背景には、四方を海に囲まれて、安穏と暮らしている日本人の意識がありそうです。数十万人の難民が押し寄せているトルコやヨルダンの悲劇に比べると、200隻の密漁船はごく小さな問題です。スティーブン・スピルバーグ監督の映画「1941」は日本軍の真珠湾攻撃で狼狽え、大騒ぎするアメリカ人を描いたコメディでしたが、それと同じことが日本でも起きているのです。どうしてよいのか分からず、過激な言葉を口走ることで安心を得ようとするだけでは、問題は解決できません。

 大騒ぎして点を稼ごうとする政治家やマスコミ、それに影響されて騒ぐ人たちには要注意です。

 


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