疑問だらけの自衛隊法改正

2014.2.5


 読売新聞によれば、政府は4日、武力攻撃に至らないような緊急事態でも自衛隊が対処できるよう、自衛隊法を改正する方針を固めました。

 〈1〉領域警備などの新たな任務の追加〈2〉自衛隊の武器使用権限の拡大〈3〉出動手続きの迅速化――が柱です。沖縄県・尖閣諸島を含む南西諸島での突発事案などに備える狙いがあります。

 政府は早ければ秋の臨時国会に改正案を提出します。

 安倍首相は4日、首相官邸で開かれた政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」(座長=柳井俊二・元駐米大使)に出席し、▽外国潜水艦が領海侵入し、退去要求に応じない場合▽警察や海上保安庁では対応できない離島への上陸侵害――を例に挙げ、対応の検討を求めました。会議では「現行法では自衛隊の任務に応じて合理的に武器を使用する規定が不十分だ」といった意見が相次ぎ、首相の要請に基づいた法整備を図る必要があるとの認識で一致しました。


 「外国潜水艦が領海侵入し、退去要求に応じない場合」の部分にトリックが含まれているように思いました。

 普通、潜水艦は水中を隠密行動します。だから、基本的には連絡がとれないか、とりにくい環境にいます。水中を伝搬する電波もありますが、アンテナを水中に出す必要があります。水中電話という音波を使うシステムもありますが、これらのシステムが敵同士で互換性があるのかは不明です。基本的に、水中では敵国の潜水艦に連絡を取る方法はなく、まして領海侵犯している者に対してはなおさらです。あるとすれば、わざと音を立てて、相手に探知されていることを知らせる方法があります。アクティブソナーの音を最大出力で聞かせれば、位置がばれていることを相手に教えられます。アクティブソナーは音を出して、その反響音で周囲の様子を窺う装置です。水中の音を聞いている敵潜水艦のソナー担当者の耳を攻撃し、収集したデータを魚雷にインプットできます。すぐに魚雷を発射すれば、魚雷は正確に敵潜水艦を追尾します。相手にとっては最悪の瞬間です。あるいは、すぐに爆雷を投下する方法も考えられます。

 「外国潜水艦が領海侵入し、退去要求に応じない場合」とは、アクティブソナーによる威嚇のことかも知れません。それで相手が退去しようとしなければ、そのまま攻撃に出てよいというのが、この改正案の骨子かも知れません。そうだとすると、表現として、かなりおかしな内容だと言わざるを得ません。アクティブソナーによる威嚇は、どう考えても、退去要求とは言えません。要求という以上は、主旨を明確にして、相手に分かる形で示すのが道理です。「お前を狙っているぞ」と知らせるだけのアクティブソナーでは、主旨は分かりません。次に魚雷が向かってくるのかも知れないのがアクティブソナーです。海上保安庁の巡視船は、音声や文字で、相手に要求を伝える装備がありますが、それらと比べると、性質がまったく違うのです。

 「尖閣諸島を含む南西諸島での突発事案」で、潜水艦が出てくる可能性はかなり低いと思います。潜水艦は隠密行動が基本ですから、領有権を主張するためのデモンストレーションには使えないのです。また、「警察や海上保安庁では対応できない離島への上陸侵害」は、尖閣諸島については、活動家などの小規模なものしか考えられません。それは、韓国が竹島(独島)守備隊に、活動家による上陸阻止訓練士かしていないのと同じ理由です。尖閣諸島は小さすぎて、占領して維持することが不可能なのです。占領を排除するための海上封鎖は艦隊同士の決戦へ発展しかねません。ごく小さな島が大規模な戦争へ発展する可能性があるのです。フォークランド諸島を巡って、イギリスとアルゼンチンが戦争をしたのは、この島が人が永住できるほどの広さがあったからです。

 これが航空機なら話は最現実的です。領空に侵入した敵戦闘機に対して、退去要求を求めても、相手が応じない場合に撃墜するのは、通常、国家に認められた権利です。しかし、これではあからさますぎて、ナイーブな日本人には受け入れがたいかも知れません。そこで、潜水艦の話にして、通そうとしたのかも知れません。その結果、主張がひどく非現実的になってしまったのです。改正案が通れば、陸海空どこででも、退去要求に従わない敵に対して、すぐに攻撃を仕掛けられるようになります。

 戦史を顧みれば、この改正案が一気に開戦へつながりかねないことも分かります。アメリカの本格的ベトナム介入のきっかけとなったトンキン湾事件のような事件が起きるかも知れません。

 1964年8月2日、北ベトナムのトンキン湾で、3隻の北ベトナム魚雷艇が、米軍の駆逐艦マドックスに対し、魚雷と機関銃による攻撃を行いました。さらに、4日には、マドックスと駆逐艦ターナー・ジョイが別の攻撃を確認し、反撃を行いました。北ベトナムは2日の攻撃は認めたものの、4日の攻撃は否定しました。米軍のソナー担当者が魚雷が発射されたと誤認し、警報を出したのが原因と言われています。これにより米上院下院は開戦を決議し、戦争へと突入していきました。後に、この事件が明るみに出た時、開戦をの望む米政府による陰謀との説が広まりました。当時の国防長官、ロバート・マクナマラは、この攻撃が北ベトナム政府中枢から出されたと信じたのですが、後に、当時の北ベトナム政府指導者との会談の中で、現地部隊の判断による攻撃だったことを確認し、「ベトナム戦争は無用だった」と結論しました。

 この種の間違いは、いつでも再び起こり得るのです。

 この記事は短すぎて、具体的にどのような改正になるのかは分かりません。出動手続きを迅速にするにしても、現場自衛官の判断で攻撃を行えるのか、現地司令部なのかも疑問です。ただし、潜水艦の事例が出されているので、この場合、司令部の判断を仰ぐことはほとんど不可能です。敵潜水艦を追跡中に、司令部と連絡するために、水中にアンテナを伸ばしたい潜水艦艦長はいないでしょう。つまり、この改正案は現場自衛艦に開戦の判断を預けるものということになります。

 軍事的常識から見て、安倍政権が続けている安全保障問題の変更は危険なものばかりです。危険なものだからこそ、慎重にすべきなのに、軍事に造詣の浅い安倍総理は、何の戦略眼もなく、理念だけで突っ走っているようにしか見えません。


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