不思議なヨルダン国民の人質事件への意識

2015.1.29


 ヨルダンの新聞「Jordan Times」に興味深い記事を見つけました。カサスバ中尉がイスラム国の捕虜となってから数日後の12月27日付けの記事です。

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 イスラム国によって拘束された空軍パイロットのために、ヨルダンは難しい選択を迫られます。

 多くの戦略家は、シリアのラッカ州(Raqqa)からイラクのモスル行政区(Mosul)まで、アブ・バクル・アル・バグダッディ(Abu Baker Al Baghdadi)の権限下にある全地域を解放するため、イラク人に加わることにヨルダン陸軍から戦闘部隊を派遣することを勧めます。

 バグダッディの軍隊はクルド人のペシュ・メルガ(peshmerga)やムクタダ・アル・サドル(Moqtada Al Sadr)シーア派民兵、大勢の幽霊兵士がいるイラク軍にすら対処する能力があっても、ヨルダン軍の蓄積された職業的な戦闘経験には勝てません。

 イスラム国の戦闘員はイラクの少数のM1戦車、シリアから奪った少数のスカッドミサイル、武装したピックアップトラックと軽装甲車しか持っていません。これらはヨルダンの大砲、最新のエイブラムス戦車や優れた空軍からすると格好の餌食です。

 別の戦略家たちは、クィーン・アリア国際空港の爆破未遂事件で終身刑を受け、2000年に投獄されたアルカイダ指導者モハメッド・ダルシ(Mohammed Darsi)の釈放を要求したアルカイダのテロリストが2013年4月15日に誘拐したヨルダンの元リビア大使、ハワズ・「(Fawaz Aitan)を解放した戦略に賛同しました。

 2005年にアンマンのホテルを爆破するためにアブ・ムサブ・アル・ザワヒリ(Abu Mussab Al Zarqawi)に命じられたサジダ・アル・リシャウィ(Sajida Al Rishawi)を含め、約200人のアルカイダのメンバーがヨルダンで拘束されています。

 その他のアルカイダのメンバーは、アズミ・ジェイヨウジ(Azmi Jayyousi)、ジアド・カーボウリ(Ziad Karbouli)、シェイク・アブ・ムハマッド・アル・タハウィ(Sheikh Abu Muhammad Al Tahawi)です。

 ヨルダン政府が「カリフ」の主要な理論家2人、シェイク・アブ・アブ・ムハマッド・アル・マクデジィ(Sheikh Abu Abu Muhammad Al Maqdesi)とシェイク・アブ・カタダ・アル・フィリスティーニ(Sheikh Abu Qatada Al Filistini)を手にしていることは、交渉のプロセスをさらに簡単にするでしょう。

 さらに、有名なイスラム活動家、サード・アル・フネイティ(Saad Al Huneiti)がすでにモスルにいます。

 彼はカサスバ家に代わって、囚われの息子、戦闘機パイロットのモアズ・カサスバ中尉(Muath Kasasbeh)を自由にするために仲介することを躊躇しません。

 2014年9月20日にトルコ政府がトルコの刑務所からアルカイダのメンバー300人以上を解放する見返りに、モスルの領事館員49人の解放を確保した時、「テロリストと交渉しない」という古いパラダイムはとうの昔に無益になったことを証明しました。

 古いパラダイムを用いないことで、マアルーラ(Maaloula)からシリア人の修道女、アレッポ(Aleppo)からフランス人人質、ダマスカス(Damascus)からイラン人巡礼者22人の解放を確保しました。

 この十年間でハマスとヒズボラが拘束したイスラエル兵すべては、他の党派との直接の秘密交渉を通じて解放されました。

 カサスバ中尉は、彼の大義を支持することでヨルダン人のすべての階層を統一しました。

 彼の帰還は最優先事項でなければなりません。

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 まず、多くの戦略家が攻勢案を支持していることが驚きです。これはカサスバ中尉の命を確実に失う案でしかありません。

 イスラム国の兵器がヨルダン軍の兵器に比べて、著しく劣るのは間違いがありません。イラク軍の「幽霊兵士」は当サイトでも紹介した、指揮官が兵士の給料を不正に着服するために、存在しない兵士をいることにして給与支給を受けていた事件のことです(関連記事はこちら)。要するに、ヨルダンの専門家たちはイラク軍は士気が低いと言いたいのです。

 しかし、ヨルダンが地上軍を派遣するとなれば、かなり大がかりな作戦になります。シリア東部にはろくな道路がなく、ヨルダンからラッカまでは砂漠を横断していくしかありません。これは非現実的なので、装甲部隊を幹線道路を通じて、イラク西部に侵入させ、ラマディの近くからユーフラテス川沿いの幹線道路を通って、ラッカ市まで進撃する事になります。

 当然、イラク政府の許可が必要です。これを勝ち取るのが、まず大変でしょう。さらに、シリア政府には領土的野心がないことを十分に説明する必要があります。イスラム国を掃討したら、直ちに引き揚げると約束しないと、シリア政府は許可しないでしょう。また、そう約束しても許可しない可能性が高いと言えます。

 なんにしても、作戦を開始すれば、カサスバ中尉は直ちに殺害されてしまいます。なぜ、こんな案を大勢が支持するのかが理解できません。

 現実的なのは捕虜交換です。

 同じ新聞の別の記事では、ヨルダン大学の戦略研究所の世論調査は、イスラム国がヨルダンの敵だと考えるヨルダン国民が80%以上いることを示します。しかし、同時にカサスバ中尉の解放を願う声も強いのです。ここでカサスバ中尉が帰還できないと、結果としてですが、厭戦気分が高まり、シリア空爆への反対意見が増えるかも知れません。

 同じ記事で、150人のヨルダン下院の議員8人が、以前にも出した王国の安定を脅かしかねないテロとの戦争からの撤退を求める政府への要請を再提起し、覚書に署名したとも報じられています。少数ながら議会にもテロ戦争に対する懸念があるのです。

 今日、米政府が人質交換を容認する発言をして、これまでの態度を一変させました。おそらく、日本とヨルダンから人質交換を進めるとの通知を受けたものと想像します。そのため、人質交換が実現する前に態度を変えたのです。

 よって、人質交換が行われる可能性は高いといえますが、イスラム国が設定した刻限まで2時間を切りました。もはや祈るしかありません。

 


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